2009年11月29日

the words you use should be your own

人間の考えることなど似たり寄ったり、高が知れたもの。格言やことわざが後世に伝わるのも、それだけ多くの人たちがなるほどと納得すればこそ。すでに誰かの頭の中にあったかもしれないし、遅かれ早かれ誰かが気づくに違いない。

いくら人の頭の中が宇宙の如く無限に広がり、まだまとまらない前の断片が無数に浮遊しているといっても、いざ人に何かを伝えるとなるとその中で使い物になるものはほんのわずか、突飛なことを言って笑わすのでもなければ、なるほどそうだな、巧いこと言うなと感心してもらうのが精一杯。


「これは俺が見つけた言葉だ、表現だ」と威張るのもどうかと思うし、例えば偶然同じような詩を書いてしまったアーティストも「真似してねーよ」とふくれずに、ひとあし先に同じことに思い当たっていた先達に対してペコリと頭を下げるくらいに殊勝であるべきだとも思う。


揚げ足取りと粗探しのクモの巣が張り巡らされたこのネット社会にあって、実際に他人の文章や詩を拝借して済ましていられるはずもない。

もし自分の意図するところと類似した表現を見つけたら拝借するより避けたほうが身のためであることも明らか。

とすれば、この時代に似たような表現を見かけても、それはパクリである前に偶然である確立が高いということになる。


そう考えるのは深読みのしすぎか、それともただのお人好しか。それでもあえて拝借せずにはいられないわからず屋、それでも平気で拝借する厚顔無恥が果たして存在するのか。


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2009年11月27日

14年振りのOMD

OMDのsister marie saysを聴いた。

2010年リリース予定のアルバム、the history of modernに収録される曲のデモ・バージョン。オリジナル・アルバムのリリースは1996年のuniversal以来14年振りとなる。

荘厳な女性コーラス、露骨にenola gayなシンセ、歌い出しから1秒とかからずにすぐそれとわかるandy mccluskeyのボーカル。待望の新曲として過度な期待を寄せてしまうと肩透かしを食らうであろう相変わらずのOMD節、目新しさはどこをどう探しても見当たらない。そういう意味では14年振りという感じさえしない。しかもアルバムごとに必ず数曲は入っているようなタイプの曲。

まだデモ段階であるし、曲調から判断してもシングル候補とは考え難く、待望の新曲というよりはほんの経過報告として捉えるべきであり、今はとにかく14年振りにアルバムがリリースされることを喜ぶに留めたい。


ただ、14年振りの新作への興奮と過度な期待を抜きにして聴けば、それこそ隅から隅までOMD、ディス・イズ・OMDな曲であり、オーソドックスなシンセ・ポップのフォーマットをして、ここまで強烈にOMDである点はやはり凄い。もはやマンネリなどと片付けることができないレベルにある。

そのポップにして強烈なオリジナリティを有する点こそ、僕が未だに80年代のアーティスト達を追いかけずにいられない所以でもある。


音楽シーンがどんどん色を失い味気なくなっていくように感じられた1991年。sailing on the seven seasをリリースしたOMDは、ほんの一瞬ではあるものの、僕にとってポップの救世主だった。

同様に、いやそれ以上に輝きを失いつつある現在の音楽シーン。無論80年代のアーティストがいくら充実の新作をリリースしても、それが反映されるようなチャートでもないわけだが、ただ振り返り懐かしむにはあまりにポップ過ぎるOMDが、14年振りの新作を携えて戻ってくる意味は大いにあるだろうと思う。


12月14日には、royal liverpool philharmonic orchestraとの共演ライブDVDもリリースされる。



posted by atons at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 80年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月22日

感動と興奮のデフレスパイラル

リリースから約2週間経ってもまだ、どっぷりreality killed the video starに浸かったまま。

deceptaconを繰り返し聴いてみようとしても、starstruckの幻想的なコーラスを耳にすればそのまま聴かずに済ますわけにもいかず、気がつけばあっという間にwon't do thatというように、1曲だけでやめることができない。必然的に、まだまだその美しさを味わいつくし足りないmorning sunを聴くことは、アルバム全曲を聴くことを意味するのである。

そんなわけでここ2週間は、the killersのlive from the royal albert hallを観る以外は、専らreality killed the video starで、morrisseyのswordsもspnadau balletのonce moreもひと休み。


「素晴らしい、傑作だ」と、特に9月からの怒涛の3ヶ月を振り返ると、感動と興奮を当世風に大安売りしているようで、我ながら気恥ずかしさも感じないわけではないが、mikaのthe boy who knew too muchもprefab sproutのlet's change the world with musicもthe rumble stripsのwelcome to the walk aloneもbad lieutenantのnever cry another tearも、感動と興奮に打ち震えながら聴きまくったことは紛れも無い事実。

その感動と興奮の大安売りの中、いま一度あえて「素晴らしい、傑作だ」と、ありきたりな表現でしかその感動と興奮を伝えられないもどかしさを感じながらも、それでも言わずにいられないほど、やはりreality killed the video starが強力はアルバムなのである。


また、古いものに停滞しているよりは新しいものに敏感であるほうが健全であるというような怪しい言い訳を用意したうえで、こうして新しい作品のたびに感動と興奮を安売りしているものの、新しいものを余計に有難がり過剰に反応しているだけではないかという懸念もあり、正直に言えばそういう側面も否定できない。

ただ、今回はその新しいものへの興味さえ削がれてしまっていて、すでに発売済みのkings of leonのlive at the 02 london englandやbrett andersonのslow attack、そしてhoward jonesのordinary heroesなど、普通なら出来るだけ早く観たい聴きたいと、HMVやamazonとのやり取りに気を揉んでいなければならないタイミングなのだが、一向にその気が起こらない。

これだけ四六時中聴いてもまだ、ここで新しい作品へと移行することは、映画の結末を確認せずに席を立つような感じがしてならないのである。


つまり、reality killed the video starに至り、ようやく感動と興奮のデフレスパイラルにも歯止めがかかり、「素晴らしい」も「傑作」も本来の意味を取り戻したといえるのかもしれない。
posted by atons at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | robbie williams | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月20日

25年後の理想郷

arcadiaのso red the roseが、ついに3枚組スペシャル・エディションとして、来年2月8日にリリースされる。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/3717415

オフィシャル・サイトやイギリスのHMVに先んじて、日本のHMVにこの情報が掲載されたのは驚きだが、間違いなくEMI UKからのオフィシャルなリリースである。


個人的には、先日のrioのデラックス・エディションよりも断然嬉しい、というかnotorious/big thingのデラックス・エディションと並び、duran duran関連では最も心待ちにしていたリイシューのひとつ。

しかも、ボーナストラックを収録したオリジナル・アルバムとリミックス集のCD2枚に、当時VHSとしてリリースされたPV集のDVD(もちろん初DVD化)まで付属するというのだから待たされた甲斐もあるというもの。このレコード会社らしからぬ大盤振る舞いなどという皮肉もしばらくは慎まなければならない。


特に嬉しいのはほぼ網羅されたであろう各種リミックスの収録。たとえ取りこぼしがあったとしても、election dayの5バージョンに、say the wordの4バージョンと、ここまでやってくれればファンとしても文句は言い難い。

兄の所有する7インチシングルと12インチシングルを借りてテープに録音し、その美しいジャケットをうらやましく眺めていた頃から早25年。四半世紀を経てついに夢が叶うようなものである。


このまま発売延期の憂き目に遭うことなく来年2月8日を迎えることができれば御の字だが、so red the roseデラックス・エディションリリースの報せの前には、そんな期待さえも贅沢すぎるように感じられる。


disc 1
original album
1.election day
2.keep me in the dark
3.goodbye is forever
4.the flame
5.missing
6.rose arcana
7.the promise
8.el diablo
9.lady ice

bonus track
10.say the word
11.she's moody and grey.she's mean and she's restless
12.election day(single)
13.goodbye is forever(single)
14.the promise(7'mix)
15.the flame(remix)
16.say the word(praying for keeps soundtrack version)


disc 2
the mixes
1.election day(concensus mix)
2.goodbye is forever(extended)
3.the promise(extended remix)
4.rose arcana(extended)
5.the flame(extended rremix)
6.say the word(extended remix)
7.election day(cryptic mix)
8.goodbye is forever(dub)
9.say the word(instrumental remix)
10.election day(early rough mix)
11.the flame game(yo homeboy mix)
posted by atons at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | duran duran | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

デラックス・エディション等規制法案

mikaのthe boy who knew too muchの日本独自企画ultra pop monster editionが12月2日リリースされる。

US盤のデラックス・エディションに付属のDVDに少々手を加えただけでultra pop monsterとはあまりに大袈裟なネーミング。しかも、オリジナル盤のリリースから3ヶ月足らず。来日公演を見越したうえでデラックス・エディションのリリースを遅らせ、来日公演の余韻も覚めやらぬファン心理につけ込むとはあまりに阿漕な手口。


消費生活センターにでも告げ口したらそれなりに問題になりそうなほど消費者を蔑ろにしていると思うのだが、いかんせんファン心理につけこまれデラックス・エディションに踊らされても平気どころか、同じようなアルバムを複数枚所有することがかえってファンとしての喜びみたいなところもあるものだから、レコード会社も来日記念にデラックスにレガシーにモンスターと遠慮なくエディションを重ねられるわけである。


ただ、今回の3ヶ月足らずでのultra pop monster editionは、ファンとしてもさすがに看過できないのではないかと思う。

日本先行発売だったオリジナル盤は1980円の低価格だったために、後にデラックス・エディションがリリースされることも十分予見できたわけだが、いくら来日公演のタイミングとはいえ3ヶ月足らずでのリリースはあまりに容赦ない。待つには長すぎるし、結果的に来日公演のタイミングで新作がリリースされていたことに気づくようなそう熱心でもないファンが得をして、我慢できずに初回盤に飛びついたファンは報われない。

内容についても、1年後にシングルカットも落ち着いた段階で、シングルのPV等をきっちり収録したようなDVDが付属するというなら未だしも、3ヶ月ではあまりに中途半端。輸入盤のデラックス・エディションまで揃えた特に熱心なファンならば尚更納得できないだろう。



そんなわけでデラックス・エディション等規制法案。

デラックス・エディション等、同一のアルバムを基本としたCDの発売は、消費者の混乱と経済的負担を考慮し、またエコの観点からも、原則初回盤の発売から1年を経過しなければならない。例外として、来日記念盤やプロモーションの戦略上、新たなエディションがやむを得ず必要とされる場合については、初回盤購入者への優遇措置として、レコード会社にはデラックス・エディション購入価格の最低3割負担が義務付けられる。初回盤の帯またはブックレットにはその旨を表記し、またデラックス・エディション購入時にはその帯をもって初回盤購入の証とすることが望ましい。
posted by atons at 18:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

「ヴィデオ・スターの悲劇」発売によせて

let me entertain you級のド派手なロックもなければ、angels級のアンセムも見当たらない。あの生まれながらのエンターテイナーrobbie williamsとポップの化け物trevor hornの共演からすれば、bodiesさえ外連味という点においては物足りないといえるのかもしれない。

さらに、アルバムのハイライトが、美しさが滴り落ちるが如きmorning sunと映画音楽的奥行きを持ったdeceptaconというバラード2曲であり、pet shop boysも羨むであろうクオリティを誇るlast days of disco/starstruck/difficult for weirdosの3曲もクールな仕上がり。そして全編に渡りanne dudelyの流麗かつ壮大なオーケストラ・アレンジも施されているために、アルバム全体としても落ち着いたトーンにならざるを得ない。


しかし、だからといって決して「派手さは無いが聴きこむほどに味わいが増す」などというありきたりな表現でお茶を濁せるようなアルバムではない。

そのアルバムの表面的な印象とは裏腹に尋常でないほどのテンションが充満していて、1曲目のmorning sunからグイッと心を鷲掴みにされた後、1曲たりとも早送りすることなく最後まで聴かずにいられない、強力なアルバムである。


それはもちろん各曲の素晴らしいメロディ、ポップ・ミュージックの全てを知り尽くしたtrevor hornの提供するサウンド、歌う喜びを噛みしめつつ、歌を慈しむかのように歌うrobbieの極上のボーカルに由来するものであることは間違いないのだが、それらメロディとサウンドとボーカルがまさに完璧なほどの融合を見せている点こそがこのアルバムに、落ち着いたトーンでありながら聴くものを引きつけて離さない、強烈なパワーを付与しているものと思われる。


実際、過去の作品を振り返った時、ここまでボーカルとサウンドが渾然一体となった肌理の細かさと濃密な感触を有していた例は無い。サウンドの物足りなさをrobbieのパフォーマンスが補うことも多く、サウンドがrobbieに呼応しているかのように聴こえる場合でも、このアルバムの質感と比べればやはり微細なレベルでの乖離は明らかである。もちろんその点を補って余りある強力な楽曲とrobbieの圧倒的なボーカルがあったわけだから、単純に優劣をつけることなどできないが、このreality killed the video starに至り、robbieが新しい段階に足を踏み入れたと断言しても差し支えないだろう。


robbie williamsが自らの経歴に胡坐をかき、過去のヒット曲と同じような曲を歌って平気でいられるわけが無いということは十分承知していたはずだが、自らのパフォーマンスを最大限に生かしつつ、ポップ・ミュージックの醍醐味とともに聴かせることに成功したreality killed the video starを聴くにつけ、改めてrobbie willaimsというアーティストが、稀代のボーカリストであり生まれながらのエンターテイナーであると同時に、もしかしたらそれ以上に、独自のポップを極めんとするまさにポップの求道者であることを実感させられるのである。


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2009年11月17日

犬のようだ

the killersの来日公演が来年2月4日に決定。

例によって、よほどの奇跡が起きない限り、起こさない限り、まず参加は叶わないであろう田舎者にとって、live from the royal albert hall発売直後のタイミングでの来日公演発表は、かえって切なく苦しいものでしかない。昨晩からずっと涎をダラダラ垂らしたままおあずけを喰らう犬のようなたまらない心境だ。


参加できる恵まれたファンにとっては、live from the royal albert hallでしっかり予習できるのだから、最高のタイミングということになるわけだが、その一方で、DVDで改めてイギリスでの凄まじい人気振りを目の当たりすれば、zepp tokyoという小さな会場が実に申し訳なく、そしてthe killersの素晴らしさを解さない日本を恥ずかしくさえ感じてしまうに違いない。

必然的にライブに参加するファンの肩には、the killersの気持を日本につなぎとめておく責任が重くのしかかることになり、その点においても、全曲歌えるのは当たり前、すでにDVDで何度も予習し、read my mindではガチャピンのぬいぐるみを投げることさえ妄想し、観るたびに初見のような興奮を感じ、最後には決まってヒックヒックと涙ぐんでいる僕のようなファンが参加できないことは、日本のファンにとって本当に申し訳なく思う。

この僕を欠くことは日本のファンにとっては大きな痛手となり、それゆえにthe killersにも、zepp tokyoでの反応をそのまま日本のファンの反応と思ってもらっては困るのである。


...書けば書くほど虚しくなるばかり。

要するに、ライブに参加できないことが非常に口惜しく、参加できるファンが心の底からうらやましいということ。
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2009年11月16日

reality killed the video starが2位じゃダメ

11月15日付最新のUKアルバムチャート。

reality killed the video starは初登場2位。

mikaのwe are golden以降、予想を裏切られることにも慣れてしまったが、今回ばかりは、いくら何でも初登場1位で間違いないだろうと安心しきっていたために、余計に驚き、ガッカリした。

過去7枚のオリジナル・アルバムは全て1位、greatest hitsも1位(live at knebworthだけが2位)という輝かしい実績を持ち出さずとも、単純にreality killed the video starというアルバムの内容に対して、初登場2位では全く物足りない。不当に低い数字と言ってもいい。

もちろん、2ndシングルyou know meがひとあし早く17位に初登場し、1stシングルbodiesもここへ来てひとつ順位を上げているので(22位)、来週以降1位を獲得する可能性も十分あるのだが、その初登場1位を阻止したのが、またしてもX-factor絡みのグループJLSのデビュー・アルバムというのが気に入らない。


先日BARKSの記事で、stingがX-factorについて、「傲慢な審査員が幅を利かせる音楽とは関係ないメロドラマであり、本当の才能など育たないカラオケ番組に過ぎない、つまりUKミュージック・シーンをつまらなくした元凶である」と批判したという記事を、例外もあるだろうから全否定は難しいし、また何を今さらという感じで呼んだ。

しかし、ここまでX-factor絡みのアーティストが幅を利かせ、挙句にreality killed the video starという最高のポップ・アルバムの初登場1位を邪魔するようでは、そんな物分りのいい悟ったようなことを言ってすましているわけにもいかない。


テレビ番組の手の内など知れたことであり、X-factorにしてもそう長続きはしないはずである。ただ、手の内など知れたこと、長続きもしないと高を括っている間にも、そういったやり口に踊らされて平気な土壌はジワジワと着実に形成されているに違いなく、たとえX-factorが飽きられたとしても、テレビは次々と形を変え、まだ初心な年代を中心に搾取し続けようとするのだから、例えば「1年に1組から2組必ずスターが生まれる番組に果たして音楽を託していいのかどうか」という問いかけはしていかなければならないのだと思う。stingの批判も真摯に受け止めなければならない。リアリティとは名ばかりの作られた番組がアーティストを殺してしまうような事態は、絶対に回避されなければならない。


そんなテレビの影響力にどっぷり浸かった大衆とヒット・チャートに目をつけた某バラエティ番組の司会者が、そこにつけこみ、いとも簡単にヒット曲を連発し、それによりついに死に体となってしまったのが言うまでも無く日本の音楽シーン。

早急に目を覚まし、reality killed the video starを聴かなければ、たとえbeatlesを生んだ国といえども、こんなことにならないとも限らない。

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2009年11月15日

素晴らしきもどかしさ

今ほど自分の表現力の拙さ、語彙の貧困さを不甲斐無く感じることもない。十分承知したうえで恥をさらしていたつもりだったが、reality killed the video starの素晴らしさを巧く表現できない歯痒さはちょっと辛い。誰に伝える義務もなし、ましてただ恥をさらすだけなら、この圧倒的な内容の前に茫然と立ち尽くしていればいいのかもしれないが、頭も心もギュッと絞り、拙いなりに貧しいなりに自分なりに精一杯受けとめなければ、この素晴らしいアルバムに対して申し訳ないような気もして勝手に何だか落ち着かない。



乾ききった体に朝霧が沁み込む切なさ、朝露の輝きの儚さ、そしてまっすぐな朝日に胸を射抜かれ、全てを見透かされるような感覚。morning sunは、真に迫るあまりに残酷なほどの美しさを湛えたバラード。eternityの美しさとthe road to mandalayに漂う虚無感を兼ね備えている。この1曲だけで、3年のインターバルにまつわる感慨などあっという間に吹き飛んでしまう。

bodiesは、この曲をtrevor hornに差し出したrobbieのポップ・センスと、それに見事に応えたtrevor hornのプロデュース・ワークの賜物。80年代ポップスを思わせるユニークな仕上がりで、あくまでもポップであることに主眼が置かれているのがtrevor hornらしく、またその点がrobbieの音楽性と見事に合致するのだと思う。過去にもrock DJ、trippingやradioなど、robbieの一筋縄ではいかないポップ・センスを生かした曲もあったが、bodiesほどサウンドとrobbieのパフォーマンスとポップのバランスが取れている曲はなかったはずである。またsuperblindも、曲調は異なるものの、trevor hornの魔法によりその魅力を何倍にも増すことに成功した曲だと思う。

オーソドックスなロッカ・バラードを煌びやかに演出したyou know me、アメリカン・ロックのアーシーな感触をポップでコーティングしたdo you mind。その洗練と躍動感を両立させたグルーヴはstephen hagueによるもの。

唯一のguy chumbersとのblasphemyが、swing when you're winning系のクラシカルな曲というのは、robbieのポップ・センスがguyの提供する器には納まりきらなくなったことを意味しているのだろうか。anne dudelyのオーケストラ・アレンジが素晴らしい。

last days of disco/starstruck/difficult for weirdosの3曲は、robbieのボーカルまでふとneil tenanntのように聴こえる、pet shop boysも羨むくらい堂に入ったエレポップ。last days of discoはtrevor hornプロデュースのfundamentalからのシングルカットでもいいし、starstruckのひんやりした感触と対照的に熱く強靭なグルーヴは、heartをrentしてmore than dreamという感じだし、ゴージャスなオーケストラと無機的なビートの共演difficult for weirdosは、これもtrevor hornプロデュースのleft to my own devicesを思わせる仕上がり。

壮大なオーケストラにドラマティックな展開、deceptaconは映画音楽的なスケールを持った曲。繊細なコーラスとrobbieのジェントルにして情感たっぷりなボーカル・ワークがただひたすら美しい。ひたすら美しいとしか表現できないのがもどかしいのだが、聴く度にごっそりと心ごと体ごと持っていかれる美しさゆえに、やはりひたすら美しいというしかない。決してポップでもないし、強烈なフックもないが、間違いなくmorning sunとともにこのアルバムのハイライトあり、robbieのシンガーとしての新たな魅力を伝える曲である。

楽曲のスタイルとしてはアルバム中最もシンプルなwon't do that。ホーンとコーラス隊を従えて、このうえなくソウルフルにして余裕たっぷりなパフォーマンスでのエンディングがいかにもrobbieらしく、実に心憎い演出である。



アルバムの1曲として埋もれてしまいそうな曲など見当たらず、その点でも過去のアルバムをしのぐクオリティであり、またインタールードのsomewhere、エンドロール及びカーテンコールの役割を果たすmorning sun(reprise)を含めたアルバムとしての統一感も申し分なく、どこをとっても間違いなく最高傑作。

さらに言えば、trevor hornのプロデュースが、各曲に最良のアレンジを施すに留まらず、robbie williamsのパフォーマンスにもしっかりと呼応しているがゆえに、ボーカルとサウンドの親和度も過去最高レベルに達している。

全編を通しての気品漂うムードや落ち着いたトーンも、実はボーカルとサウンドの親和性に由来しているのであり、そこで聴かれるサウンドの美しさや歌声の瑞々しさにこそ、稀代のポップ・ボーカリストとポップ・ミュージックを体現する名プロデューサーの高次元でのクリエイティヴィティの融合を確認でき、それによりポップ・ミュージックの醍醐味を味わうことができるのである。



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2009年11月14日

もうクリスマス

ここ数年は特にクリスマスへの突入時期がどんどん早まってきているような気がして、その早さについて行けず、置いてけぼりを食らったまま気がつけばもう大晦日という感じ。世間がクリスマスへと先走るほどに、クリスマスとは縁遠くなるばかり。「寂しいね」と言われれば、やせ我慢と思われたくもないので「えぇ、まぁ」と頭を掻きもするが、寂しいといえば年中寂しく、楽しいと思えば毎日がクリスマス。何もクリスマスにことさら寂しがることもないように、無理に楽しがる必要もない。同情も寂しさ由来の僻みも、プレゼントもケーキも、クリスマスにまつわるその他諸々が無くて済むだけに、このエコの時代に電飾で飾り立て、酒を飲みご馳走を食い散らかして、もんもんと何か企むよりは、むしろ清らかな心で聖なる夜をいつの間にか過ごしているのかもしれない。


もはやクリスマス・ソングがクリスマスとの唯一の接点、唯一の楽しみがクリスマス・ソングである。

今のところ、12月14日にpet shop boysとgeorge michaelがクリスマス・ソングをリリースすることが伝わってきている。

george michaelのほうは、昨年無料配信されたdecember songのニュー・バージョンらしいので少々寂しい気もするし、live in londonのほうが楽しみなのだが、pet shop boysのchristmasというシングルは聴きどころ満載。

1997年にファンクラブ限定で発表されたit doesn't often snow at christmasのニュー・バージョンとall over the worldのニュー・バージョン(いずれもthe blow monkeysのdevil's tavernを手がけたmarius de vriesがプロデュース)、madnessのmy girlのカバー及びそのリミックス、そしてライブで披露されていたviva la vida/domino dancingのメドレー、全5曲を収録。

viva la vidaに手を出してしまうその大胆さ、やりすぎな感じがいかにもpet shop boysらしいが、注目すべきはそのメドレーのプロデュースを手がけたのがstuart priceという点。最新作yesのiTunes予約特典及びシングルdid you see me comingのカップリングだったbrits medleyも彼の手によるもの。偶然にもメドレー要員といった扱いだが、エレクトリックなのに壮大で温かみさえ感じられる彼の音作りが、ライブでのパフォーマンス用に相応しいということなのかもしれない。brits medley以来、密かにstuart priceプロデュースのpet shop boysの新作を聴いてみたいと思っていたので、その辺の相性を占う意味でもviva la vida/domino dancingは非常に興味深い。


stuart priceといえば、the killersのday& age、そして昨年のクリスマス・ソングjoseph, better you than us。

a great big sled以来3年連続でリリースされた、the killers恒例のクリスマス・ソングについての情報が聞こえてこないなぁと寂しく思っていたら、今年もしっかりとhappy birthday guadalupeという曲が用意されているらしい。これで今年も自分なりに幸福なクリスマスを過ごすことができそうである。

the killersからは、すでにクリスマス・プレゼントとお年玉が一緒になったような素晴らしいlive from the royal albert hallも受け取っており、今年ばかりは街中のクリスマス・ツリーやケーキの予約受付並みに、クリスマス先取りな感じもする。
posted by atons at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする