2009年12月31日

2009

名曲厳選30曲 2009(リリース順)

1.no line on the horizon/U2
2.i'll go crazy if i don't go crazy tonight/U2
3.black cloud/morrissey
4.it' not your birthday anymore/morrissey
5.this used to be the future/pet shop boys
6.more than a dream/pet shop boys
7.in one ear/cage the elephant
8.judas/cage the elephant
9.please venus/golden silvers
10.fade to black/golden silvers
11.rainiest day of summer/elizabeth & the catapult
12.hit the wall/elizabeth & the catapult
13.welcome to the walk alone/the rumble strips
14.not the only person/the rumble strips
15.god watch over you/prefab sprout
16.angel of love/prefab sprout
17.too blue/7 worlds collide
18.we are golden/mika
19.pick up off the floor/mika
20.foot of the mountain/a-ha
21.shadowside/a-ha
22.runaway/bad lieutenant
23.head into tomorrow/bad lieutenant
24.only when you leave (new recording)/spnadau ballet
25.once more/spandau ballet
26.bodies (body double remix)/robbie williams
27.morning sun/robbie williams
28.deceptacon/robbie williams
29.difficult for weirdos/robbie williams
30.happy birthday guadalupe/the killers



音楽事件 2009

1.robbie williams帰還

2.morrissey倒れる

3.a-ha解散

4.johnny hates jazz再結成

5.duran duranリイシューついに開始



duran duran 2009

mark ronsonとスタジオ入りの報せに喜び、夏のライブでの新曲披露の噂に盛り上がったものの、それが叶わずに落胆、そしてほんのちょっとだけ公開された音源にまた興奮。結局ニュー・アルバムどころか新曲までも2010年に持ち越された今となっては、rioのデラックス・エディションの度重なる発売延期と待望のリイシューもあまり喜べなかったことなども加わり、ファンといえども振り回されすぎなのは、ほぼ毎年のことながらもやはり恥ずかしい。

新作のリリースは現在のところ2010年前半の予定らしいが、賢明なファンならば2010年内のリリースと考えるべきだろう。

2月にはaracadia、3月には1stとseven & the ragged tiger、そしてnotoriousのデラックス・エディションも控えていることを考えれば、タイミング的にはその周辺にするに越したことは無いわけだが、何しろそのデラックス・エディションのほうも発売延期の可能性を多分に含んでいるのだから、来年は今年以上に振り回されることになりそうである。



音楽環境問題 2009

wet wet wetのtimeless日本盤発売の報せが、ぬか喜びに終わったことに象徴されるように、今年は特にレコード会社ならびにHMVやamazonに対する不平不満や疑問には事欠かなかった。紙ジャケに廉価盤商法、reality killed the video starを「intensive care以来4年ぶりの新作」と表示する間抜けなミス、謎が深まるばかりのHMVとamazonの流通事情等々。

インターネットによりファンとアーティストの距離が近くなった反面、本来アーティストとファンの橋渡しをするべきレコード会社やCDショップは、不景気の影響もあってか専ら効率よく儲けることしか頭に無く、音楽はかつてないほどに蔑ろにされている。レコード会社やCDショップがこぞって、音楽環境の悪化に拍車をかけているのだからどうしようもない。

その劣悪な環境下では、もはや音楽(と呼ばれる代物)を基準とした指標もほとんど意味を成さず、音楽を愛する気持も揺るがざるを得ないわけだが、逆に言えば、時流とは関係なく自らの耳と心で好きな音楽を探し、忍耐力に乏しいゆえに不平不満をこぼしながらではあるものの、いまだ音楽を愛する気持を失わずにいる音楽ファンの手にこそ、音楽環境の将来が委ねられているということでもある。
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2009年12月30日

飽きてなお cage the elephant (2009年を振り返る[4])

飽きるほど聴いたというのは、つまりそれほど繰り返し聴き込んだという意味で、実際は飽きたかどうかは定かではない場合のほうが多い。飽きる一歩手前くらいな感覚だと思う。しかし、このcage the elephantについては、ちょうどpet shop boysのyes以降これという出会いが無かったこともあり、もの凄い勢いで聴いたために、本当に飽きてしまった。

ここへ来て久し振りに聴いてみても、まだその状態が続いていて、当初の興奮がよみがえることもなければ、嘘みたいに冷静に聴くことが出来るのには我ながら驚いた。


ただ飽きたまま冷静に聴いても、この作品の魅力とcage the elephantというバンドの底力、そして今後の可能性に対する評価が変わることはない。

むしろ新人バンドのデビュー・アルバムながら本当に飽きるまで聴かずにいられない、その後飽きてもまだ感心せざるを得ない、強烈なグルーヴとしたたかさは、個人的な思い入れを抜きにしたプレーンな状態にあってもなお、とんでもない2ndアルバムを予感をさせるのである。



「強烈に猥雑にしたたかに」

エキセントリックかつダイナミックなボーカルと、扇情的でもありサイケデリックでもあり、さらには躍動的なリフまでも決めるギターが中心となりグイグイと牽引するグルーヴに身を委ねるうちに、気づけば全11曲37分がまさにあっという間。

ファンキーでダンサブルでヒップなグルーヴ指向のロックと言ってしまえば、それこそそんなバンドは星の数、今さら騒ぎ立てることも無いのだが、そこへブルージーでアーシーなテイストやポップ・パンクなギターが盛り込まれ、また雑多な感触の中にアーティスティックなサウンドセンスも顔をのぞかせ、随所にハッとさせられるとなれば話は別である。しかも、そういった雑多な要素が直接身体に訴えかける強烈なグルーヴへと昇華されているだけでも十分なところに、各曲も決して散漫になることなく、それどころか即効性の高いフックが効きまくり、1曲たりとも気を抜けないのだから凄い。

その一方で、ほとんど猥雑といっても差し支えないほど雑多なサウンドゆえに、例えられるバンドも枚挙に暇が無く、それがかえって先入観や偏見をまねくおそれもあるのだが、そのいずれでもあるようで実はそのいずれでもないのは聴けば明らか。また節操無くあらゆるサウンドを取り入れること自体、あくまでも自らのグルーヴを具現化するための手段として意図されている。

バンド全体が一心不乱にオリジナルなグルーヴへと邁進するが如き鮮烈な印象の向こう側には、そんなしたたかさも見え隠れしており、まさに新人らしい衝動に裏づけられた強烈なグルーヴに留まらず、新人らしからぬ巧みさまでも凝縮された圧巻のデビュー・アルバムと言っていいだろう。



「象といっしょ」

依然として象のケージに放り込まれたままである。

ポップという表現には違和感もあるが、見事に決まるフック、多彩なギター、随所に聴かれるアーティスティックなサウンドやエフェクトが総体として確かにポップな印象を与える。1曲中にリズムが変化を見せる構成も飽きさせず、それぞれの曲を際立たせることに貢献している。しかし、それでも散漫に感じられないのは、そのグルーヴに無理や嘘が無く、だからといって決して奔放なままではなく、自らの身体から放出されるエネルギーを上手くグルーヴに昇華し得ているからだろう。

そのグルーヴは、やはりred hot chili peppersを彷彿とさせる点が多く、特にハード・ロックでラップするin on ear、クールかつスタイリッシュなファンクlotus、そしてそのままred hot chili peppersのfire(jimi hendrixのカバー)を思わせるfree loveあたりに顕著である。ただ、ハード・ロックでラップしても、そこで聴かれるギターは非常にブルージー、クールなファンクといっても多彩なギターや効果的なコーラスにより仕上がりは非常にポップ、なかなかどうして一筋縄ではいかない。


アメリカ産のいわゆるポップ・パンクの影響も強く、tiny little robotsやdrone in the valleyを中心に、ポップ・パンク的なリフがあちこちに顔を出すのだが、それも巷の単純明快で能天気なものとは一線を画している。それはアメリカ産のポップ・パンクを苦手とする僕がこれだけ平気で聴いていることからも明らかであり、またスタイルありきではないから過剰にならず、むしろ本来の高揚感を存分に発揮していることがよく分かる。


ギターがうねるグルーヴィーな曲が並ぶ中、フォーキーでブルージーなain't no rest for the wicked、アート・ロックな佇まいからパンキッシュに展開するbacking against the wall、アンプラグドなブギとでも呼びたいback stabbin' betty、この3曲の弛緩したムードが非常にいいアクセントになっていて、さらにアルバムを聴き応えのある内容にしている。ただし、いくらフォーキーで弛緩したムードといっても、いずれも多分にヒップ、あくまでもグルーヴィーなのがcage the elephant流である。


そのほか、in one earの後にガレージな感触が余計に気持いいjames brownもあれば、judasは最高にカッコいいグルーヴィーなロックと言うしかないし、ハード・ロックに外連味たっぷりのコーラスを絡め、間奏にはダンサブルなビートまで盛り込まれるsoil to the sunと、とにかく聴きどころには事欠かない。というか、全11曲もれなく聴きどころ、どれを聴いてもcage the elephant、それゆえに全曲聴かずにいられないのがcage the elephantである。

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2009年12月29日

帯に短し襷に長し yes etc./pet shop boys (2009年を振り返る[3])

years of refusal、no line on the horison、そしてこのpet shop boysのyesと、2月から4月までは偶然にも80年代から活躍するアーティストの充実の新作が相次いだ。

リリース直前のbrit awards功労賞受賞というタイミングを考えれば、イギリスでの4位は少々物足りなかったものの、アメリカでは1996年のbilingual以来13年ぶりとなる久々のトップ40入りを果たし、2010年のグラミー賞ではbest electronic/dance album部門にノミネートされている。これまでも何度かノミネートされているものの、いずれもノミネート止まりで受賞には至っていない。節目となる10枚目のオリジナル・アルバムというだけでなく、作品そのものが十分受賞に値する内容であるゆえに、今回は大いに期待したい。


購入時にはyesかyes etc.かiTunes版かでかなり頭を悩ませたが、brits medleyも後にdid you see me coming?のデジタル・シングルのカップリングに無事に納まり、今となってみれば全く要らぬ混乱でしかなかったということになる。

初回限定盤、通常盤、ダウンロードと、それぞれの収録内容が異なるのは、確かに購入者の選択の幅が広がるという利点はあるものの、ここまで迷わなければならないとなると、アーティストの意向による決定版をリリースしてもらったほうが有難い。また、数種類の形態でリリースするにしても、いずれかにアーティスト推奨マークを表示してもらえないだろうか。



「etc.がなければyesじゃない」

基本的には美しいサウンドとポップなメロディが満載のpet shop boysらしい相変わらずの高品質な内容だが、それなのにまたしても傑作である。

sam sparroのblack and gold風のグルーヴをマッチョなコーラスで外連味たっぷりに味付けした先行シングルlove etc.、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」をサンプリングした超ポップなall over the world。pet shop boysらしいユニークなアイディアに溢れた冒頭の2曲でさえほんの序曲に過ぎない。duffyも頭を過ぎるノスタルジックなポップスbeautiful people、そのエンディングにハーモニカで美しい余韻を残すjohnny marrの、まるでelectronicの2ndアルバムraise the pressureで聴かれるような煌きのギターとともに始まるdid you see me coming。かつてjohnny marrがその歌詞を聴いて笑い転げたというi wouldn't normally do this kind of thingを彷彿とさせる曲調もきっと偶然ではないのだろう。

そして、アルバム1枚おきに参加するjohnny marrに負けず劣らずの相性の良さを発揮しているのが、love etc.を含む3曲を共作したxenomaniaであり、スタイリッシュなディスコ・グルーヴのmore than a dream、rentの繊細な美しさに通じるthe way it used to beも目新しさはないものの、マンネリなどとは程遠い実に瑞々しい仕上がりになっている。

限定盤yes etc.のボーナスCDに収録されたthis used to be the futureにはhuman leagueのphilip oakeyが参加。第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの口火を切ったhuman leagueのphilip oakeyと、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの残り火としてその終焉に立ち会ったpet shop boysの邂逅というだけでも感慨深いものがあるが、そんな思い入れにも増して、pet shop boysらしい美しさとエレポップ初期のラディカルな感触がひとつになったこの曲の出来は素晴らしい。


ボーナスCDのアイディア自体がhuman leagueの1982年のダブ・アルバムlove and dancingからインスピレーションを得たものらしく、それゆえに本編には収録されなかったようだが、タイトルがhuman leagueの前身futureにもかかる粋な演出を含め(イントロのbeign boringらしいフレーズも、もしかしたらhuman leagueのbeing boiledを意識しているのかもしれない)、必聴の曲であり、やはりyes etc.を聴かなければyesを聴いたことにはならないだろう。



「yes etc. etc.」

必要ないと思っていたボーナスCDのリミックス集だったが、こちらの内容も非常に良い。human leagueのlove and dancingからインスピレーションを得たためか、昨今のクラブ仕様の原型を留めないようなリミックスとは違い、オリジナルを生かしたリミックスになっていて、80年代12インチ・シングル世代でも十分に楽しめる。特にmore than a dream(magical dub)は、個人的にはここ数年で最も興奮したリミックスである。


もちろんそれもオリジナルの楽曲が優れたメロディを持っているからであり、all over the world/did you see me coming/more than a dream/the way it used to beのおそらくシングル候補曲となるであろう4曲以外も、ポップな名曲ばかりが並ぶ。pet shop boys節炸裂のvulnerable、そこにブラスとハーモニカと彼らが時折見せるやりすぎ感が加わったpandemonium。owen pallettによる抑制の効いた品のあるオーケストラ・アレンジも素晴らしいking of romeとlegacyにおけるクラシカルな側面も抜群の安定感。johnny marrのギターを生かしたニュー・ウェイヴなbuilding a wallも突飛な感じはなく、むしろその完成度の高さに関心させられる。

ポップと美しさのバランス、ツボ押さえたメロディとアイディア、各曲の完成度の高さから判断すれば、間違いなくpet shop boysを代表する1枚に数えられることになる傑作であり、もしかしたら久し振りにアメリカでのヒットも期待できるかもしれない。それほど充実したアルバムだと思う。


だからこそ、黙って先行発売された日本盤を購入しておけばよかったという後悔も大きい。

勝手にこのアルバムの目玉と決めつけていたthis used to be the futureがボーナスCDに収録されることを知り、また日本のレコード会社もphilip oakeyの参加をあまり大きく取り上げることが無かったために、もしかしたらあまり出来が良くなかったために1枚目への収録が見送られたのではと勘違いしてしまったことが、そもそも腰が引けた原因。さらに、当てにしていたiTunes storeではそのthis used to be the futureを購入できず、渋々輸入初回限定盤の購入を決心したものの、発売日を過ぎてもなかなか入荷されず、挙句に実は初回限定盤だけ発売延期されていたという事実が明らかになり、結局日本盤から約半月遅れで手元に届いたという次第。後悔先に立たずではあるが、だいぶ遠回りをした感じがする。

自分自身の優柔不断や判断ミスを高い棚に上げれば、やはり常日頃日本盤の購入を躊躇わせるほどに不信感を与えているレコード会社のせいにしたいところである。そして、this used to be the futureがダウンロードで購入できないというのもよろしくない。

現在のところダウンロードでアルバムを購入した場合、this used to be the futureを聴くためには、また別に初回限定盤を買わざるをえない。この売り方がpet shop boys側の意向によるものだとしたらファンとしては諦めるしかないが、それでもせっかくの名曲がこんな微妙な扱いにならないようにする手筈はなかったのだろうかと思わずにはいられない。

ただ、アルバム未収録曲をシングルとしてリリースした過去の例(always on my mind/where the streets have no name)のように、この曲もシングルとしての展開があるのだとすれば、それは非常に嬉しいし、また絶対シングルカットすべきだと思う反面、そうなるとiTunes storeで先行予約して、ブリット・アワーズでのメドレーを手に入れておけばよかったということになり...。つまり、いずれを選択しても後悔が残ってしまうのが、このyesという素晴らしいアルバムの唯一の欠点なのである。

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2009年12月28日

“the past is not me” years of refusal/morrissey (2009年を振り返る[2])

当初のリリース予定からの大幅な延期にも関わらず、UK3位、US11位とチャートにおいても好調を維持。無論内容についても、半年の時間差を物ともしないヴィヴィッドで強靭な歌声、その歌声により新たなる広がりと奥行きを獲得した圧倒的な表現力、そして凄まじい説得力、50歳目前にしてまたしても自己最高を更新してしまった。


I remain steadfastly proud of “Years of refusal”, which along with “You are the quarry”and “Ringleader of the tormentors” are my life's peaks. These three will allow me to die in peace. I am no longer in the thrall of anything that preceded them; the past is not me.

先日true-to-youに寄せられたmorrisseyのコメントからも、復活後の3枚のアルバムに対するいまだ揺るぎない自信が窺える。

しかし、コメント内のpastがanything that precedec themにかかっているのだとしても、その3枚もまたすでに過去である。the past is not meとはつまり、このyears of refusalをしてもあくまでも現時点での最高傑作に過ぎないことも意味しているのである。


「that's how morrissey grows up」

精力的なライブ活動を通して、morrisseyのボーカリストとしての力量がさらにレベル・アップしたことにより、メロディが従来の節回しから開放され、縦横無尽な広がりを獲得していることがよく分かる。

またサウンド面においては、時折顔を覗かせるウエスタンなテイスト、jeff beckやmark ishamといったゲストが彩りを添え、そして何よりこのアルバム完成後に急逝したjerry finnの手腕によるロック・グルーヴとポップ・センスの配合加減が絶妙である。

したがって、激しい拒絶で始まり、さらに激しく拒絶を叫びながら幕を閉じる、怒りを基調としたアルバムでありながら、ダイナミックな躍動感に溢れ、時に鮮やかでもあるサウンドとメロディ、そして強靭なボーカルが渾然一体となり、力強さを湛えているように感じられる。

劇的でも英雄的でもない世界観にも関わらず切実に胸に訴えかけ、むしろポジティヴな感覚さえもたらす、いわゆるmorrissey流のヴァイブが、アルバム中のあらゆる要素によって増幅されているという意味においては、またしても史上最強のmorrisseyと呼ばざるを得ない。

ソロ・キャリア20年を超えたこの期に及び、歌声にしろ、確信に満ち凄みを増す表現力にしろ、まさに悉く異例尽くしな進化を続けるmorrissey。奇跡を目の当たりにするような思いとともに、このyears of refusalを聴いた。



「シンガーmorrissey」

years of refusalにおけるmorrisseyの歌声に圧倒されっぱなしだ。

2004年の復帰後は特にシンガーとしての存在感が増し、you are the quarry/ringleader of the tormentorsにおいても十分にその歌声に圧倒されたわけだが、ここへ来てさらなる高みに達しているのだから、アルバムが届いた一昨日から恍惚感も伴う茫然自失状態に陥っているような感じである。

怒りや苛立ちが反映されたアグレッシヴなサウンドも、この圧倒的な歌声が牽引しているようにしか思われないし、各曲において従来のmorrissey節を超えて、歌メロが壮大かつ鮮やかな広がりを見せる点は、間違いなくさらに巧みに如何様にも歌いこなせるようになったからこそ可能になったはずである。例えば、it's not your birthday anymoreの突き抜け方などは、現在の歌声が無ければあり得なかっただろうと思う。

付属DVDに収録された、無理問答の中に真実が垣間見られる(?)インタビューにおいて、詩作の秘密をたずねられたmorrisseyが「歌声が決め手だ。歌詞は、歌声次第でcaressにもなりうる」と答えていることからも、その歌声が彼の創作において、重要な位置を占めているということがうかがえる。


アメリカにおいて、11位というyou are the quarryに並ぶ高いリアクションを得たyears of refusal。

強靭でありながら慈愛に満ち溢れ、歴史に名を残すポップ・シンガーの如き迫力を湛えながら傍若無人なほどに刺激的でもある、その歌声をしてみれば当然の結果であり、そしてシンガーmorrisseyの存在感からしてみれば、「英国ロック界最後のカリスマ」ではもはや物足りなく、アメリカのチャート上位でbeyonceやknye west、bruce springsteenと肩を並べているほうが余程しっくりくるのである。

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2009年12月26日

今年も惰性と反省の大晦日

何故、これほどまでに頑なに大晦日は紅白歌合戦なのか。

一度も聞いたことのない曲、聞いても耳に残らなかった曲をその年の名曲と嘯き、誰がその実力とやらを評価したか定かではない実力歌手をズラッと並べ、曲そのものではなく売り方で決まる死に体ヒットチャート上位曲で体裁を取り繕う。

そうまでして、大晦日に紅白に分かれて歌合戦をしなければならない理由があるとはどうしても思えない。その年を彩った歌を聞きながら家族でまったり過ごすという、大晦日に紅白歌合戦を放送するかろうじての必然性などもうとっくに蔑ろにされている。

父親に「これ誰、売れてるの、いい曲なの、巧いの」と訊かれる度に「そんなに売れてないよ、絶対いい曲じゃないよ、もちろん巧くもない」と応えなければならないこちらの身にもなってもらいたい。



長年続いた歴史ゆえになかなか止められないというのが最大の理由に違いないが、それは単にずっとやってきたからという惰性でもある。1年を惰性で終わっては、新しい年も迎え難い。

そしてその歴史の始まりにしても、おそらく当時は大晦日に放送する何か楽しげな企画としては歌手を集めて歌わせるという選択肢しかなかっただけの話に違いなく、歌合戦でなければならなかったというよりは、歌合戦が妥当な線だったということではないだろうか。

今では格闘技、そしてダウンタウンの「笑ってはいけないシリーズ」も大晦日恒例の番組として定着しているわけで、歌合戦以外の選択肢があれば、また企画担当者の「歌合戦くらいでいいんじゃない」という思いつきがなければ、別に大晦日に紅白歌合戦である必要は無かったかもしれず、こうしてその歴史を頑なに守る意味も実はあまりない。


結局出演を断られる大物アーティストのための番組に受信料を余計に使い、散々頭を悩ませた出演アーティストについても、事務所の力関係やNHKへの貢献度がどうのこうのと批判を受ける。そうやって何とか死守した年間視聴率1位もまた、実際は番組の内容ではなく、「大晦日にはなんとなく紅白を見ている」「家族で見るには当たり障りなく都合がいい」という、いわば視聴者側の惰性によるところが大きいのだから、情けないというかバカらしいというか。

もはや番組の趣旨も、一年の煤払いとして、その年の惨憺たる音楽シーンをこれでもかと見せつけることで、アーティストには恥をかかせ、そんなアーティストをちやほやした視聴者には猛省を促す点にあるのではないかとさえ思う。



一度紅白歌合戦の終了を宣言し、気まぐれで身勝手で、とにかく失ってから騒ぎ出す視聴者が「寂しい」とか「やっぱり大晦日は紅白」などと盛り上がり、ここ最近の批判的な意見も緩和されたところで再開すれば、NHKにとっても好都合だろうし、紅白歌合戦の無いその年は、大晦日がついに惰性から解放され、日本中が例年より新たな気持で新年を迎えることになるに違いない。
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2009年12月25日

12月25日

ほんの冬の入り口と油断していたらいきなり真冬の寒さが訪れ、身構える間もなく身体もキュッと萎縮したまま2週間。

数日前からやっと例年並みのほどほどの寒さに落ち着き、縮こまった身体も解け、肩の力も抜ける。朝も−3℃くらいなら布団から躊躇無く抜け出せるし、日中も3℃まで上がれば暖かさが心まで染み渡る心地がする。

最高気温がひとケタになった途端、ダウンジャケットを着込み「寒い、寒い」と肩を震わせるテレビの中の様子が、いつにもまして大袈裟に映る。



せっかく降った雪はホワイト・クリスマスを待たずにもの凄い勢いで解け出し、軒下ではポタポタと、道路ではビシャビシャと音を立てる。日中はその薄汚れたシャーベット状の雪にズルズルと足を取られ、夜になるとそれがツルツルに凍りヨチヨチ歩きを強いられるのだから、なかなか絵に描いたいたような静かに雪が降るクリスマスとはいかない。

昨晩はサンタも足を滑らせ、しりもちをつきながら懸命にプレゼントを届けたらしい。今頃はシップだらけに違いない。



暖かで穏やかで、しかも雪解けが賑やかなクリスマスらしくない、the killersのhappy birthday guadalupeが聴きたくなるようなクリスマスだった。
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2009年12月23日

gabriella cilmiを知っていますか?

「2009年、UKで最もプレイされた曲トップ10」 2009-12-22 BARKS
http://www.barks.jp/news/?id=1000056727

「ソングライターの印税を徴収する団体PRS for Musicが、2009年UKで最もプレイされた曲トップ100を発表した。ラジオやテレビ、ネット、ライブで使用/演奏された数を集計した結果、1位に輝いたのはオーストラリア出身の18歳のシンガー、ガブリエラ・チルミの『Sweet About Me』だったという。『Sweet About Me』は2008年6月にリリースされた当時、UKチャートで最高位6位とセールス的に大ヒットしたわけではないが、CMで使用されるなど耳にする機会が多かったようだ。

2位にはコールドプレイの『Viva La Vida』が登場。3位のモロコの『The Time Is Now』は2000年にリリースされたものだが、スポーツ専門チャンネルSky Sportsで定期的に流されているため上位にチャート・インした。トップ10内にはUK最大のボーイズ・グループ、テイク・ザットのトラックが2曲登場。『Shine』は2008年最もプレイされたトラックでもあった。テイク・ザット、シュガーベイブス、リアーナはトップ100内にそれぞれ4曲がエントリーしている。PRSが発表した2009年最もプレイされた曲トップ10は以下の通り。」

1.ガブリエラ・チルミ「Sweet About Me」
2.コールドプレイ「Viva La Vida」
3.モロコ「The Time Is Now」
4.ダフィー「Mercy」
5.テイク・ザット「Shine」
6.ガールズ・アラウド「The Promise」
7.ジョーダン・スパークス「No Air」
8.ザ・スクリプト「The Man Who Can't Be Moved」
9.テイク・ザット「Greatest Day」
10.ジェニファー・ハドソン「Spotlight」



記事中には「大ヒットしたわけではない」とあるが、ジワジワとチャートを上昇し最高6位を記録した後も、チャートに留まりロング・ヒットを続けたgabriella cilmiのsweet about meは、十分な大ヒット曲だったように思う。たしかoasisのliamもその年のフェイヴァリットに挙げていたように記憶している。アルバムlessons to be learnedも最高8位ながら、同様にロング・ヒットを記録。だからこそ、こうしてcoldplayのviva la vidaをも押さえて、UKにおいていわば2009年最も親しまれた曲になったわけである。


折からの女性ボーカル・ブームも手伝ってここ日本でも遅かれ早かれ話題になるに違いないと思っていたら、日本盤がリリースされないまま、気がつけばもう2年が過ぎようとしている。

来年リリース予定の2ndアルバムの情報も聞こえてくる中、これほど注目を集めたアルバムの日本盤が結局リリースされずじまいだったことについては、未だにどうしても腑に落ちない。素晴らしい内容にも関わらず売り上げが見込めない作品の日本盤が見送られることには慣れっこだが、こんな例はあまり見たことがない。


女性ボーカル・ブームに加え、当時16歳の若さとチャーミングな容姿、毒気を抜いたamy winehouseと評されるその実力、いかにも日本のラジオでヒットが望めそうなジャジーでポップなsweet about me。どこをとっても日本で人気が出る要素だらけで、ヒットにしか価値を求めない日本のレコード会社が2年間も放ったらかしにしておいたというのは全くもって信じがたいことである。


音楽そのものには当然重きを置かず、ヒットの要素さえ加味しないようなレコード会社は、音楽そのものが二の次どころかもはや眼中にないということなのかもしれない。

それ以外に、lessons to be learnedの日本盤がリリースされなかった理由があるとは思えない。

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2009年12月22日

コネ少なめで

地元のテレビ局の情報番組を見ていたら、アマチュア・ミュージシャンが自作の曲を歌い始めた。

地方局のしがない情報番組とはいえ、わざわざ時間を取って紹介するくらいだから、いわゆるセミプロなのだろう、どれお手並み拝見と意地悪く、テレビのボリュームを上げてみると、それがセミプロには程遠い、同じアマチュアでも筋金入りのアマチュア、ボーカルもギターも、たとえアマチュアを付けたとしてもミュージシャンと呼ぶのが躊躇われるほど。これをミュージシャンと呼ぶなら、学芸会で縦笛を吹く小学生も立派なミュージシャンの仲間入りをしなければならない。どうしても何とかと呼ばなければならないならばバリバリの初心者。普通なら家族友人以外に聴かせる必要も勇気もないはずそのたどたどしさは、単なる趣味のレベル。

予定されていた出演者の都合が悪くなり、急遽その辺の路上で歌っていた素人を連れてきたのだろうかとも思ったが、歌い終わった後のインタビューもかなり念入り。それなのに結成してまだ数ヶ月とあっけらかんと応え、「出演させてもらえるお店やイベントを募集してます」としっかりアピールするに至り、へぇこんなところにも強烈なコネがあるのか、まぁ、それはあるに決まっているかと納得。



人が注目を浴びたり、試験に通ったり、出世したり、人気が出たり、何でもかんでもコネのせいにしてしまうのは嫉妬心の成せる業だが、世の中にはコネでしか説明のつかない例が多いのも厳然たる事実。それにこの場合、地元のしがない情報番組にも、謎のアマチュア・ミュージシャンにも嫉妬心を抱きようが無く、その人の父親がテレビ局のお偉いさんだとか、スポンサーのご子息であるとか、ありがちではあるもののそんなコネ以外には、この素人を期待の新人アーティスト並みに厚遇する理由も見当たらないわけである。

アマチュアや地方で活動するミュージシャンは、プロの世界や東京のコネやら金やらのしがらみから距離を置くことができる点において、プロよりも優位に立つことができると考えるのは理想及び負け惜しみ。それなりに成功しようと思えば、残念ながら当然ながら、アマチュアも地方も小さいなりに、プロや東京の縮図として小規模なコネやら金やらしがらみと無縁ではいられない。どこへ行こうと、ただいい音楽を作って済ましているわけにもいかない。


「地元で活躍するミュージシャン」と紹介される人が、何だか気持の悪い声で煮え切らない歌を歌いながら生計を立てることができるのも、地方の「ミス○○」がもれなくミスらしくないのもそのためである。

職業としてのミュージシャンやミスらしくないミスがコネでできていても構わないが、音楽だけは出来る限りコネ少なめでお願いしたい。
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2009年12月21日

the songs are never a factor

12月20日付最新のUKシングル・チャート。

いわゆるクリスマス・チャートの1位が、例年通りx-factorの優勝者のものになるのか、はたまたそれを善しとしない人々のキャンペーンによってrage against the machineが1位となるのか、いつにもまして盛り上がりを見せていたわけだが、結果的にはrage against the machineのkilling in the nameが1位、そしてx-factor優勝者のjoe mcelderryのthe climbが2位。


例えば、「傲慢な審査員が幅を利かせる音楽とは関係ないメロドラマであり、本当の才能など育たないカラオケ番組に過ぎない、つまりUKミュージック・シーンをつまらなくした元凶である」とx-factorを批判したstingのように、x-factorのことをこころよく思っていない人も相当数存在していることが、この結果により証明されたのは音楽ファンとしては非常に心強い。

もちろん、x-factorが全面的に否定されなければならないわけではなく、現に素晴らしい才能も生まれていれば、先週x-factorに出演したrobbie williamsのyou know meはシングル・リリース2週目にして15位から6位へと上昇、アルバムreality killed the video starも11位から6位へと再浮上、同様にgeorge michaelのdecember songも昨年無料配信した曲ながら14位に初登場といった具合に、素晴らしい作品を広く知らしめる機会としてはむしろ歓迎すべき側面もある。

ただ、その一方でpet shop boysのchirstmasの初登場40位という不当に低い数字を見てしまうと、x-factorをはじめとする作られたアーティストがやはり少々幅を利かせすぎているように思えるのである。

そういう意味では、音楽業界の事情が最優先されるあまり音楽そのものが蔑ろにされ、挙句にいい音楽売れるとは限らない状況に拍車がかかるばかりの現在の音楽シーンと、その影響下から抜け出せないでいる人々に一考を促すきっかけになればいいと思う。


しかしながら、この結果を冷静に見てみると、必ずしも「いい曲が歌われ、それが多くの人々に聴かれ、その結果がチャートに反映する」という本来あるべき音楽シーンの状況とかけ離れたものであることもまた事実。

テレビを中心としたメディアの強大な影響力に立ち向かおうとすれば、ただ批判や理想論を語るだけでは効果がなく、それなりの団結や行動力が伴わなければならないのだとしても、x-factorの1位阻止を目論んだキャンペーンがなければおそらく実現しなかったであろうrage against the machineの1位も、裏を返せば何と言う事は無いx-factorのおかげなのである。卑近なところで言えば、自民党がいやだから民主党に票を投じた日本の政権交代のようなもの。

現在の音楽シーンの象徴といえるx-factorの1位を阻止することはできても、いい曲がヒットするとは限らない音楽シーンの嘆かわしい状況に変わりはなく、さらにいえば今回のキャンペーンにおいてもまた音楽そのものが蔑ろにされていたわけである。


morrisseyの“the campaign is the thing, the campaign is what is discussed amongst the public, the campaign is what impresses the press, and the songs are never a factor. ”というコメントに改めて大きく頷かざるを得ない。

posted by atons at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月20日

○○以下

例えばkings of leonのsex on fireについて書けば、いわゆる○○目的の足跡がついたりする。

わざわざ○○い言葉で検索してたどり着いたのがこんなブログでは、国語辞典で下にまつわる単語を引くも残念ながらそこに刺激的な要素を見つけることが叶わなかった中学生気分を味あわせるようで何だか申し訳ない。こんなくだらないことを連日書き散らかすよりは、何か○○いことでも書いたほうがよほど人の役に立てるのかもしれない。


誰も読まないブログのコメント欄を承認制にするのは気が引けるものの、ほとんど○○コメントと○○リンクが貼られるためだけにコメント欄を放っておくのも癪に障る。

ほとんどが「楽しいことをしたうえに沢山お金をもらって普通に働くのがバカらしい」という内容を、もっとお下劣に表記してあるのだが、果たしてこのコメントを真に受けてそのリンクをクリックするような人がいるのだろうかといつも疑問に思う。おそらくコメント自体は自動的に書き込まれているに違いないものの、それでもまんまとクリックするような人がいなければコメントする側も諦めざるを得ないわけで、やはり間違いも含めてクリックしてしまう人が相当数いると思うとそれはそれで何だか気の毒だ。



ひたすら○○を求めて果てしないインターネットの世界を彷徨い、見え見えの○○コメントに辛抱溜まらず○○リンクをクリックせずにいられないのだから、やはり○○パワー恐るべし。

報われない検索の痕跡を鼻で笑い、ウンザリしつつ○○コメントを削除するのには、誰も読まないことを承知のうえでも、せめて○○以上ではあってほしいという気持が当然あるわけだが、実は○○以上を期待すること自体思い上がりでしかなく、本来○○以下、よくて○○のついでくらいが妥当なところなのかもしれない。
posted by atons at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする