2010年04月30日

絶好調、brandon flowersです!

the killersのbrandon flowersがソロ・アルバムをリリースする。

以前から噂はあったものの、the killersとしては働きづめ、活動休止もまことしやかに囁かれ、さらに身内の不幸も重なり、実現はまだまだ先のこととばかり思っていたら、すでにタイトルはflamingoに決定しており、the killersのオフィシャル・サイトではソロとしてのアーティスト・ロゴ、そしてインストゥルメンタルではあるもののソロ作と思しき曲まで公開されていて、“COMING SOON”という表示もおそらくファンの予想をはるかに超えるCOMING SOONであるに違いない。


ronnie vannucciがmumford & sonsのcountry winston marshallとともにmt.desolationなるバンドに参加するというニュースもあったので、やはりしばらくはthe killersとしての活動は休止ということになるのだろうと思っていたし、むしろゆっくり休んで欲しいと思っていたくらいなので、このまたしても寝耳に水なbrandonのソロ・アルバムはものすごくうれしいニュースなのだが、冷静に考えてみると、結局brandonは全然休んでいないわけで、同時に健康面および精神面での疲弊については少々心配せずにもいられない。


しかしながら、(これは基本的に怠け者の僕にとっては想像およびrobbie williamsなどの働きぶりから察する推測でしかないのだが)おそらくアーティストにはクリエイティヴィティやイマジネーションが溢れ出して止まらないというような時があって、そんな時は休むことのほうが不自然で居心地が悪く、それこそ周囲が心配するほどに猛烈に曲を作り詩を書かずにはいられないような状態になってしまうのだと思う。

それに、そうでなければこのタイミングでのbrandonのソロ活動は到底説明がつかないし、オフィシャルサイトで流れている美しく切なげでthe killersとは一味違うエレクトリックなテイストを基調とした楽曲は、彼がそういう状況にあることを確信させるものでもある。


そんなクリエイティヴィティやイマジネーションが溢れ出して止まらないような感覚とは縁遠く、毎日を漫然と暮らしているために、つい働きすぎている人を見ると心配になってしまうのだが、brandonにしてみれば今こそ最高に愉快で気持ちよくてたまらない時なのだろう。



うれしさと少しの心配といまひとつ現実味の無いうらやましさ、そして何よりも大きな期待とともに、来るべきbrandon flowersのソロ・アルバムflamingoを待とうと思う。
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2010年04月29日

travelin' souls - live! at the legendary 100 club/the blow monkeys

DVD収録の全16曲中7曲が最新アルバムdevil's tavernからというのがまずうれしい。再結成の狼煙ともいうべきthe bullet train、新たな名曲travelin' soul、save meの極上のグルーヴなど、あくまでも現在進行形のthe blow monkeysを強く打ち出したステージになっている。


個人的にはthis is your lifeが無いのは残念だし、squaresvilleも是非現在のアレンジで聴いてみたい曲なのだが、it doesn't have to be this wayとdigging your sceneの2大ヒット曲もあれば、中期ハウス路線のwait/choice?とそれに続くslaves no moreは、ライブなアレンジによりまさにアシッドジャズなグルーヴを獲得していて最高にかっこいい。4人だけで再現される音は、当然華やかな女性コーラスも流麗なストリングスも無く、オリジナルに比べれば大分ラフな感触だが、息の合った熱い演奏はそれを補って余りあるほどにジャジーでブルージーでファンキーで聴き応え十分。


現在のthe blow monkeysを語る際にどうしても避けて通れないDr.Robertの体型については、もちろんこのDVDにも容赦なく映し出されていて、それはもう美しいルックスなど求めておらず純粋に音楽を聴きたいというファンでさえたじろがずにはいられないほどに膨れ上がりたるみまくっている。

extraに収録されたtravelin' soulsのPVのようにアングルによっては何とか取り繕うこともできるはずだが、悪いことにカメラのアングルがやたらとそのふくよかさを強調するものだから、最初のうちはどうしてもそのお肉のほうに気がそがれがちではある。しかし、かつてのクールでビターなムードを残しつつソウルフルなダイナミズムが加わったその歌声は素晴らしく、太い指でギターを弾きまくりながら熱唱する姿はベテラン・ブルース・シンガーとしての凄みとして好意的に解釈できないこともない。



新曲中心のセットリストに熱い演奏、そしてDr.Robertの音楽以外はどうでもいいといわんばかりの風貌。つまり、どこをとっても彼等自身が自らの演奏を楽しみ、充実の時を過ごしていることがうかがえる。それをさらに裏付けるように、すでにニューアルバムのレコーディングも始まっているらしく、もはやファンにとっては、Dr.Robertの体型とそれによる健康状態が唯一の心配事といえるのかもしれない。


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2010年04月26日

春雷

昨日は夕方から風が強くなり雨も降り始め、ちょうどテレビで桜が開花したというニュースが流れた頃には雷まで鳴り出した。



週間天気予報を見たワカメが「遠足の日は晴れるみたい」と話しかけると、堀川君は「でもああいうのは当たらないじゃないか」と気の無い返事。堀川君が遠足で苦手なロープウェーに乗らなければならないことを苦にしていたために、子供らしく遠足の日の晴れを期待できなかったのだとしても、週間天気予報があてにならないのはもうサザエさんの中でも常識になってしまっているらしい。

それでは現実にあてにならないのも仕方のない話で、寒暖の急激な変化に遅れに遅れた春と、予測しがたい最近の気象状況にあっては翌日の天気予報でさえあてにならないはずなのだが、何故だかかえってよく当たる。最低気温も冬の間の「低めに見積もっておけばいいだろう」的な予報と比べるまでもなく誤差も小さく、にわか雨も降るといえば必ず降るし、夕方から荒れるといえば荒れて雷まで鳴った。冬に雪が降ることや夏に暑くなることなど当ててもつまらない、こういう複雑な気象状況を読み解いてこそ気象予報士であるといった感じなのかもしれない。




雨が上がり風も収まると急に静かになった。嵐の後だから余計に静かに感じるのかとも思ったが、それよりももっとどこまでも徹底して静かだった。自分が動いて音を出すのも憚られるような感じがした。無音の音まで聞こえてくるようになり、ちょっとだけ緊張したまま眠った。




小学校の図工の時間に、絵を描くときは絵の具の色をそのまま使ってはいけないとわりと厳しく言われた記憶があるが、今朝の空は水色の絵の具一色をしかもほとんど薄めるこなくベッタリと塗りつければいいだけの、実にわかりやすい空で、気持ちいいというよりはちょっと笑ってしまうような青さだった。


地震があってしばらくすると、向かいの家のアンテナに山鳩がとまり「デデーボボー デデーボボー デ」と鳴いた。duran duranのオフィシャルサイトがほんのちょっとだけ変わっていた。



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2010年04月24日

doesn't have to be serious

毎週土曜日の夕方に放送されている地方局の情報番組がある。情報番組といっても、ありがちなグルメ紹介や生放送の情報番組とは違い、グルメを扱うにしてもその切り口にこだわりが感じられ、名所旧跡や各地の行事などの地域文化についても親しみやすい視点から紹介する、地方局にしては珍しく丁寧に作られたまともな番組である。

他局の輪投げやジャンケンばかりやっている情報番組が何故か人気があるというお寒い状況ありきではあるし、もちろん番組の性質上毎週欠かさず見なければならない類のものではないとしても、その時間にテレビをつけるとすればその番組にチャンネルを合わせるのが習慣になっている。


ところがその番組が昨年の12月頃から、「傑作選」と称してやたらと再放送を繰り返すようになった。深夜や別の時間帯に再放送するような例はいくらでもあるが、ニュース番組を除けばほとんど唯一ともいえるその地方局製作のいわゆる看板番組が、正規の放送時間帯に以前放送した内容を正々堂々と流しているのである。はじめは年末の総集編みたいなものだろうと思っていたら、年が明けてからも再放送は続き、思い出したように新しい内容を放送したかと思えばまた再放送になり、番組のホームページで確認してみたら昨年12月から今年3月までの4ヶ月間の実に半分が再放送だった。地方局の30分番組だから誰も気にしないのかもしれないが、もし全国放送の看板番組が1週おきに再放送を繰り返したとしたらそれはもう大変な騒ぎになるはずで、実は相当異常な事態なのである。


一応番組の冒頭にアナウンサーが顔を出し「視聴者からの反響が大きかった」などと、それらしい言い訳をするのだが、そんな反響が多く寄せられるほどに人気のある番組なら、再放送だらけの異常な事態に対する心配や批判の声が再放送のリクエストよりさらに多く寄せられなければならないわけで、実際のところは、その「反響」もプレゼント目当ての葉書に添えられた多分にお世辞めいた感想に過ぎず、それを経費削減により番組制作もままならない局の事情に合わせて都合よく拝借したと考えるのが妥当だろう。



アンコール・プレスなどと銘打って繰り返しリリースされる帯を変えただけの廉価盤や限定と断わっておきながら「熱いご要望に応えて」再リリースされる紙ジャケと同じことで、まともに取り合っていたらほとんど仕事にもならない視聴者や消費者からの要望も、会社にとって都合のいいところだけ抽出すればいかにもな宣伝文句にもなり、たとえそれが少数意見だったとしても、ひとりひとりのお客様の意見に耳を傾けるというご立派な理念に適いもする。


また、この長引く不況下にあっては、いかに経費を削減しいかに効率よく利益を上げるかが重要であれば、それに伴いどうしても避けられない質の低下やあからさまな儲け主義を、視聴者や消費者からの要望などと銘打って巧く取り繕うことこそが最も大切な仕事でもある。

したがって、「傑作選」と銘打った単なる再放送も、帯だけ変えた廉価盤も単なる紙ジャケも、それが視聴者や消費者によっては苦肉の策やごまかしにしか感じられなかったとしても、会社にとっては当たり前かむしろ評価に値することなのである。



さすがに3月いっぱいで終了するだろうと思われたその番組も、4月以降は再放送の回も無くなり、何事も無かったかのように今も放送中である。

そんな仕事でもそれなりに回っていくのが世の中、誰も何も決して思いつめたりする必要はない。


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2010年04月23日

些細な春

1st/seven and the ragged tiger/arcadiaのスペシャル・エディション、そしてgabriella cilmiのten、遅れて聴いたmumford & sonsのsigh no moreと遅れて届いたthe blow monkeysのライブ盤travelin' souls、さらにはblurのfool's dayにcrowded houseのsaturday sunまで、この1ヶ月はまさに耳の休まる暇も無いような状態で、しかもいずれも素晴らしい内容だったので感動と興奮の扉もずっと開きっぱなし。さすがにとっかえひっかえ聴きまくり感動と興奮を垂れ流しにしていれば、麻痺とも疲弊ともつかぬような感覚に陥ってしまうのだが、その贅沢な疲労感も含め、年に数回やってくるこのフィーバー状態は音楽好きにとってこの上ない幸せを感じるときである。


ただフィーバーが長く続き常態化してしまったらそれはもうフィーバーではありえないし、また一息吐きたいという心理が影響しているのかもしれないが、ちょうどいい頃合にその終わりはやってくるもので、今回のフィーバーもcrowded houseのsaturday sunを最後に終了してしまった感がある。saturday sunは、その終了を告げるにふさわしい、しばらくはこれ以上の興奮はないだろうと思わせるほどに本当にいい曲だった。




久しぶりに静かな心で周囲に目をやると、やはり春は遅れに遅れているようで、昨年の今頃すでに満開だった桜もまだ頑なにつぼみのまま。いくらか緑の比率が増してきてはいるものの、遠くの山には雪が残っているというより何度か新たに降り積もったように見える。総じて1ヶ月前と変わらない印象である。

それだけに、いつもの春なら見落としがちな水仙やクロッカスが鮮やかに映え、桜と比べると慎ましやかな梅の花もいつにもまして愛おしい。一気に花開き、色に溢れる春もいいが、その瞬間を心待ちにして噛み締めるようにゆっくりとほころび、少しずつ色を添えていく春も優しくて心地いいものだ。今年は春の陽射しの温もりや輝きがことさら有難く感じられるに違いない。



ここ数日は、NHKの「トップランナー」のエンディングにかすかに聞こえるrobbie williamsのshe's madonnaと、ある番組でオレオの製造過程のシーンのBGMに使われたholly johnsonのamericanos、そしてthe killersのronnie vannucciとmumford & sonsのcountry winston marshall がmt.desolationなるバンドに参加するというニュースなど、些細な喜びばかり。この間までのフィーバー状態が嘘みたいに、saturday sun以降すっかり静まり返っている。しかし、今はそんな些細な喜びがむしろ心地いい。
posted by atons at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

ten/gabriella cilmi

先行シングルon a missionのチープなきらびやかさを基調としたR&Bというよりは80年代ポップに近い感触と映画barbarellaにインスパイアされたというワイルドでセクシーで奇抜なPVは、1stアルバムlessons to be learnedで聴かれた実に多様な音楽性からしてもなお大胆な変化を印象づけるものには違いないが、音楽シーンを見渡してみれば、アルバムの度に路線変更を試みること自体最近では珍しくもなく、ましてその際に80'sポップのテイストを用いることさえもう大分手垢のついた手法という感じがする。

さらに言えば、その辺は何しろlady gagaの独壇場でもあるわけで、このタイミングでの80'sポップおよびセクシー・ポップスター路線というのは、大胆な変化や新しい挑戦どころか、かえって時流におもねった保守的な路線変更とも受け取られかねない。

それは、例えばamy winehouseほど黒くなければduffyほどクラシカルな存在感があるわけでもなく、楽曲の多様性でもadeleには遠く及ばないという、彼女にとって避けられないどっちつかずの中途半端な印象を増幅させる恐れもあるだろう。


しかし、ここで忘れてはいけないのは彼女がまだ18歳だということ。1stにおける多様な音楽性に18歳ならではの旺盛な好奇心や探究心、それに流行に対する貪欲な姿勢が加われば、エレクトリックな要素の導入や80'sポップ路線も大胆な変化とか時流におもねったという以前に彼女にとってはごく自然に選択肢のひとつだったはずである。また、ボーカリストとしての強烈な個性については上記の3強に譲るとしても、彼女にはそれを補って余りある若さ由来のチャーミングな容姿があり、それを改めて強力な個性として打ち出すという意味において今回のセクシーでワイルドなポップスター的ヴィジュアルは非常に効果的である。


もちろん、3強には及ばないとはいえ早熟なほどにソウルフルでありながら、未完成の危うさと若さゆえの無邪気さが同居するそのヴォーカルも十分に個性として確立されており、ポップでダンサブルな楽曲との相性も抜群。アルバム中のほとんどの曲を手がけたthe invisible menというソングライティングおよびプロダクション・チームには、no tomorrowを大ヒットさせたorsonのjason pebworthとgeorge astasioが名前を連ねており、全編にわたる強力なフックと潔いほどのキャッチーさも大いに頷ける。

80'sポップな1.on a mission/10.glue/11.let me knowなどではギターをはじめとして多彩なアイディアが効果的に配され、同じディスコでも2.heart don't lieはソウルテイスト、4.love me cos you want toはユーロディスコ風、さらにエレクトロニカを導入した現代R&B的な8.boysと9.invisible girl、美しく壮大なバラード5.defenderまで、エレポップ、ディスコ路線で統一しながらも、決して単調にならず、1曲1曲がほとんど奇跡的なレベルでポップに際立っているのには本当に驚かされる。



その魅力を1stアルバム以上によく伝えるという意味においては順当な進化を遂げた2ndアルバムというべきだが、同時に新しい可能性をしかもこれほどポップな形で提示したアルバムそのものは、およそ2ndアルバムとは思えないクオリティである。

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2010年04月21日

これはもはや盗作ではない

盗作と表記されるからといって、文字通りその作品をそっくりそのまま盗むという例はめったにない。普通は盗作が露呈しないように何がしかの変更を加えるものである。つまり盗んだかどうか判断しかねる微妙なところに留めるのが盗作である。

ゆえに隅から隅まで他人の曲にそっくりな曲を、それが外国の曲とはいえ、世界的なイベントのテーマ曲として、しかもこのインターネットの時代に、正々堂々と発表する行為を、盗作と呼ぶことにどうしても違和感を覚えずにはいられない。


万博のテーマ曲に日本のアーティストの曲を丸々パクってもまず事なきを得るだろうという判断に至る確立と、偶然の一致でこれほど似通った曲が出来てしまう確立を比較してみても、どちらも奇跡的な確立であることに変わりはないと思える。むしろ「まさか、今の時代にここまでそっくりそのまま真似るはずがない。これは、偶然の一致に過ぎない」と説明されたほうがしっくりくるくらいである。


とはいうものの、国が違えば盗作に対する意識も大きく違うようで、一説によるとかの国には、許可無く日本の曲の歌詞を変えただけのようないわゆる潜在的盗作曲が2000曲から3000曲存在しているらしい。もはや似てる似てないパクったのパクってないのと議論の余地があるうちは、盗作などという表現を持ち出せないような、これこそ本当の盗作だといわんばかりの凄まじさである。

こういった現状からすれば、残念ながら偶然の一致の奇跡に頼るわけにもいかず、いつもどおりに盗作したと考えるのが妥当だろう。


だからといって、潔い盗作が珍しいことではないそもそも盗作という意識が希薄で当然それに付随すべき悪気もない、そんな状況に対して正面きって盗作を非難しても仕方のない話であり、盗まれた方も潔い盗作っぷりに呆気にとられるままに、つい「どうぞ使ってください。身に余る光栄です」などとまるで盗まれて良かった的なおかしな対応にもならざるを得ないわけである。


ただ、その悪気のなさの背景に例えば「世界はひとつ、僕のものはきみのもの、きみのものは僕のもの」というような考え方があるとしたら、それはおそらく万博の理念にも適うものだろうし、他人の曲を自分の曲にしてしまうこともその理念の実践にほかならないだろう。

素晴らしいメロディも世界共有の財産ということになれば、このテーマ曲の成り立ちから盗作された側の対応まで含めて、これ以上万博にふさわしいテーマ曲はないという結論に至らないこともない。

...知的所有権はさておき、そう考えなければおよそ納得できないほど理解を超えた盗作である。
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2010年04月20日

時空を超えた歌声

ふとrody frameがアルバムdreamlandの頃、テレビ神奈川の“club CHR”という番組に出演し、the belle of the ballを歌った映像がyou tubeにないだろうかと思い立ち、あまり期待せず検索したら、意外にもすぐに見つかった。

AZTEC CAMERA-THE BELLE OF THE BALL(LIVE JAPAN TV)
http://www.youtube.com/watch?v=OgWl8fyOioU

実に17年ぶりの再会になるわけだが、ふつうそれくらいの年月が経てば、記憶自体も美化され、必然的にどうしてもこちらの思い入れを超えるような再会とはならずに、かえって美しい記憶としてとどめておいたほうが良かったというオチになりがちなのだが、このthe belle of the ballの弾き語りについては、僕の記憶のまま奇跡的に美しく清々しく、天に誘われる心地のする本当に感動的なパフォーマンスである。

いや、その歌声が体中に恐るべき浸透力で染み込んでいくこの感覚まで、当時番組が終わるや否や近所のCDショップに走り、dreamlandのCDを購入したときのそれと寸分違わないのだから、17年経っても色あせることなく、それどころか美化にも耐えうるほど真に美しいというべきで、玉石混淆でも石の割合が圧倒的に高いyou tubeにおいても、特に価値のある映像といえるのではないだろうか。


17年前、関東ローカルの夕方の番組から、つまりほとんど人知れずに流れた美しい歌声が、こうして時を超え、世界中の人々に届けられるというのは、本当に素晴らしいことだ。

インターネットの利便性が当たり前になり、かえってそれがわずらわしくさえ感じられるようになりつつある中、久しぶりにその有り難味を実感することができたように思う。


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2010年04月19日

saturday sun/crowded house

crowded houseの新曲、6月11日リリース予定のアルバムintriguerからの1stシングルsaturday sunを聴いた。

現在、オフィシャルサイト(http://crowdedhouse.com/)から無料ダウンロードできるのだが、これがもう無料では絶対に申し訳ない、せめてiTunes storeでの1曲分の料金150円を受け取ってもらわなければ何だか気がすまない、ゆえにここにintriguerを必ず購入することを誓うと宣誓せずにはいられない、そんな素晴らしい曲である。ダウンロード後に送られてくる“thank you for downloading saturday sun”というメールにも本気で恐縮してしまった。


エレクトリックなノイズで始まるイントロは、そのタイトルからついdistant sunのような曲を連想してしまった浅はかさにとっては意表をつくものだが、neil finn節は相変わらず爽快にしてメランコリックに冴え渡っている。

その一方で、いつにもまして多彩なギターサウンドに、マンドリンも鳴りスライドギターも飛び出し、さらにサイケデリックな装飾も惜しげもなく盛り込まれ、そのサイケデリックな装飾も混沌として幻惑的であるばかりでなく、硬質でヴィヴィッドな感触を有している。

ポップというよりはロックでグルーヴィー、前作time on earthの落ち着いたトーンからしても随分若々しい。例えば、chocolate cakeとlocked outを、together aloneの多様さでもってとらえ、さらにtime on earthに至る洗練のフィルターを通したような曲といえる。当然、7 worlds collideにおける多彩なアーティストたちとの共演にも大いに触発されているに違いない。



当初3月にもリリース予定と噂されていたアルバムが6月のリリースとなり、新しい音源に触れられるのもそれに伴いもうしばらく待たされるものと思っていたら、こんなに早く無料で聴けるというのだからやはり有難いを通り越して恐縮してしまう。


しかし、crowded houseという名前が音楽好きにとっての信頼のブランドであるように、その新作が素晴らしいメロディに溢れていることは聴く前からわかりきっているところへ、このsaturday sunが結果的にファン心理を思いっきり煽ってしまった今となっては、あと2ヶ月もまだるっこしく、つい有難いも恐縮も忘れ、どうしてくれるのこの気持ちと取り乱してしまいそうでもある。
posted by atons at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

不自然なヤーツ

perfumeのニューシングルは、「不自然なガール」がタイトルとは裏腹にいかにもな従来のperfume路線なのに対して、もう1曲では突如四半世紀前のcupid & psyche 85風のサウンドに乗せて、同様に「ナチュラルに恋して」と歌っているところが面白い。

ただ、今さら1985年のscritti polittiを持ち出すのが不自然だと言い切れないのは、ここ数日、同じく1985年のアルバム、arcadiaのso red the roseを夢中で聴いているからである。



election dayのムードにしろサウンドにしろ、そしてthe flameのシングル・ミックスにおける「ちょっと工夫でこのうまさ」的なアレンジ面での小技にしても、間違いなく80年代(前半)スタイルのひとつの到達点であると再認識させられるばかり。また、goodbye is foreverのサビで聴かれる、歌メロから乖離していくシンセによるメロディラインの美しさはthe reflexにおけるそれと双璧を成すものだと思うし、rose arcanaも当時アルバムにその触りしか収録されなかったのが信じがたいほどにハイクオリティな出来で、改めてnickの非凡なセンスに感心させられる。何度聴いてもseven and the ragged tigerのボツ・トラック、80年代サウンドの残骸としか思えないようなsay the wordでさえも、その大仰で散漫なサウンドが精錬の過程とその困難さを感じさせ、興味深く聴けてしまう。


フジロックにroxy musicの出演が決定したというニュースを見かけても、arcadiaからbig thingに至る流れに「duran duranもゆくゆくはroxy musicのようにエレガントにシックにアダルトになっていくのだろうか」とぼんやり想像していたことなどを思い出す。

そして、いまだに落ち着く気配さえなく、あくまでもポップであり続けるduran duranはやはりその存在自体が貴重であると思う。



四半世紀前のelection dayの各ヴァージョンを飽きもせず繰り返し聴きながら、そんなことを考えているほうがよほど不自然に違いない。

不自然なガールならぬ不自然なボーイ。ボーイという年でもないので不自然なヤーツ、もしくは縦笛のセール、やっぱり帰宅部のエース、それともゴスペルのユーコ...。


posted by atons at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | duran duran | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする