2010年06月29日

少年のような眼差し

最近は予告編やCMだけで観る気が失せたり腹一杯になるような映画やドラマばかり。結果的に金と時間を無駄にしなくて済むのは有難いが、もう少し適当に取り繕って騙してでも見たいと思わせるようなものを作ればいいのにと思う。


それに比べて、こちらの予告編というかCMはもうこれだけですでに泣ける。しかも、どれも目にしたことがある映像で、you tubeでも見ることができるにもかかわらず、また過度な演出も嘘もないというのに、10月のリリースへ向けての期待と興奮を大いに煽りまくるのだから凄い。

Robbie Williams - In And Out Of Consciousness: The Greatest Hits 1990 - 2010
http://www.youtube.com/watch?v=PjuFdJ-osJY


ここ数日はこればかり見ている。見れば熱いものがこみ上げてくるとわかっていながら見るたびにどうしてもジーンとくる。クールなlovelightから一気にネブワースでのlet me entertain youに持っていく編集も素晴らしい。これで興奮せずにいられるわけがない。

それぞれのPVで見せる多彩な表情もさることながら、やはりその面構えの良さといわゆる少年のような眼差しに魅せられる。

よく女性が理想の男性像を語る際に「少年のような眼差し」などというが、僕はいまだかつてrobbie williamsの眼差しほど完璧な「少年のような眼差し」を見たことがない。robbieがこの期に及んで文字通り純真無垢であるはずも無いが、彼のキラキラとして美しい眼差しを表現するには「ピュア」という言葉しか思い浮かばない。

ロック・シンガーのように大胆かつサービス精神に溢れたエンターテイナーでありながら、一方でどこか不安げで繊細な表情を覗かせる、その落差というか振れ幅が余計にそう感じさせるのかもしれないが、それでもいい大人でこんなに澄んだきれいな目をしている人はそういないだろう。


例えば客席を見つめる潤んだ目を見るたびに、サッカー日本代表の勝利に興奮したサポーターが間違って飛び込んできそうなほどに淀んでいる僕の目でさえ幾分澄んで、そのごとくに濁った気持ちも浄化されるような気がする。そんじょそこらの「少年のような眼差し」では絶対こうはいかないはずである。
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2010年06月27日

愉快

静かでいい朝だなとぼんやりしていたら、表でかすかに砂利を踏む音がした。

ちょうど窓の下に黄色い首輪のタマがいた。舌を鳴らしても真上だから気づかずに、壁に身体をくっつけたままじっとしている。

数秒して上体をくくっと起き上がらせた後、後ろ足で砂をかける素振りさえせず、振り向いたところでそこに何も転がっているはずがないじゃないかといわんばかりに悠然と、その場から立ち去った。


一昨日に続き30度を超えた昨日、真昼間の散歩道は人もまばらだった。

周囲に注意を払う必要もないほどずっと先まで人の姿が見えなくなった。大手を振って空を見上げながらブラブラ歩いた。

風もなく雲の動きも遅い空に、唐突にまるでそこから何か勢い良く飛び立った跡のようにシュッとかき混ぜられた雲があって、良く見るとそこには短い虹まで重なっていた。そして、その真ん中を飛行機がまっすぐで力強い白線を引きながら飛んでいったので、夢中で写真を撮った。

田んぼではカモの親子に出会い、キャベツ畑では無数のモンシロチョウが飛び回っていた。ゴマ粒のような目をした小鳥がきれいな声で鳴き、カワセミがものすごい勢いで目の前を横切った。




夜になっても風が出ることなく、気温も下がらなかった。

夕食後、ちょうど部分月食で月が半分ほど欠けている頃に、近所の小さな川沿いを歩いた。草むらに目を凝らすと蛍が光った。

コンビニでカキ氷のアイスを買って外に出ると、可愛い三毛猫に出くわした。舌を鳴らすと寄ってきて、なでると気持ちよさそうにゴロゴロといった。

家に帰って溶けかかったアイスを食べながら、楽しかった一日を振り返ると自然と笑いがこみ上げてきた。


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2010年06月26日

80年代じゃあるまいし

maroon 5の新曲misery(9月21日リリースのアルバムhands all overからの1stシングル)は、相変わらずポップのツボが的確に押さえられた優秀な曲だが、例えばmakes me wonderにあったような80年代的ないやらしさというか俗っぽさは後退している。

ゆえにどこか物足りない印象もあるが、より洗練と成熟を追及した点は、ニュー・ウェイヴやエレクトリックなテイストに終始しがちな昨今の80年代リバイバルと比べるまでもなく、改めて彼等こそ80年代的ポップ・センスの正統な継承者であることを確信させるものだと思う。


maroon 5はともかく、巷の80年代風サウンドを都合よく取り入れた上っ面なアーティストを聴くなら断然これを聴くべしというOMDの新作、history of modernのリリースもついに9月20日に決まった。

オリジナル・アルバムとしては1996年のuniversal以来14年ぶり。CDジャーナルのサイトでも指摘されているように、全盛期のラインナップとしては1986年のpacific age以来24年ぶりのアルバムということになる。

といっても、sugar tax以降80年代後半から90年代にかけての3枚のアルバムについては、基本的にandy mccluskeyひとりでOMDを名乗っていたこともあるし、他のバンドと違ってことさらに全盛期のラインナップを強調する必要は少なくとも音楽的には無いように思う。「24年ぶり」なんていうと「また80年代の一発屋の再結成か」などと要らぬ誤解を受けるおそれもある。

また、昨年無料配信されたsister marie says(demo)やすでに公開されているhistory of modern(part2)は原点回帰を思わせるサウンドには違いないが、やはり耳を引くのはいつまで経っても変わらない、それこそドラスティックなまでのandy mccluskeyのポップなメロディなのである。ゆえに音楽的にもuniversal以来14年ぶりと言ったほうがしっくりくる。



brandon flowersのアルバムflamingoも9月(14日)、duran duranのnotoriousとbig thingのスペシャル・エディションも、当然のように発売延期を経て現在のところ9月。今日HMVからDVD版のリリースを報せるメールが届いたrobbie williamsのベスト・アルバムin and out of consciousnessは10月11日。

そして、長期休暇に入った模様のmorrisseyはlady gagaと記念撮影...。

lady gagaは以前からmorrisseyの大ファンであることを公言していたから意外な感じもしないし、どうしてもpete burnsとmorrisseyが一緒に映った写真も思い出してしまうので、ふたりは案外馬が合うかもしれない。

さらにlady gagaはboy georgeのファンでもあるらしい。morrisseyとは音楽的な進展は望むべくもないし望みもしないが、boy georgeとなら共作や共演も十分あり得るのではないだろうか。音楽的にはもちろんのこと、単純に怖いもの見たさで是非実現してほしい。

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2010年06月24日

渋滞は続く

50円という激安を売りに割り込んできたABCのabracadabraが思いのほかいい内容で、特にkiss me goodbyeがいい曲すぎて、three lions 2010もせっかく無事届いたことだし1曲だけならと聴いてみたらtrevor hornのオーケストラ・アレンジが気持ち良すぎて、耳の大渋滞はなかなか収まらず、結局リリースから大分遅れてやっとoasisのtime fliesにたどり着いた。

brandon flowersのcrossfireとa-haのデラックス・エディションが控えてはいるが、さすがにここからしばらくは落ち着いてしまうんだろうなと思っていたら、delaysのstar tiger star arielがリリースされていて、さらにmystery jetsのserotoninのリリースも7月5日にせまっていた。

delaysのほうは少々物足りなく感じたのだが、mystery jetsのserotoninがとんでもなく素晴らしい。1stはアイディアを詰め込みすぎで、2ndの80年代テイストも狙いすぎな感じがあったのだが、今作はその80年代テイストも程よく抑えられていて、もともとの創意工夫に溢れたプログレッシヴなスタイル、そしてポップなメロディとのバランスも非常にいい。chris thomasがプロデュースを手がけているということで納得の感触でもあるのだが、それにしても2曲目のit's too lateから9曲目のmiracleまで、1曲30秒程度の試聴ですぐにいい曲だとわかるほどにポップでキャッチーなメロディがずらりと並んでいるのには、ちょっと驚き、興奮せずにはいられない。

ちなみに、delaysのyou see colours(2nd)とmystery jetsのmaking dens(1st)のリリースがいずれも2006年3月、さらにdelaysのeverything's the rush(3rd)が2008年5月、mystery jetsのtwenty one(2nd)は2008年3月。そして今回もmystery jetsがわずか2週間遅れのリリースということで、偶然にも2年おきにほぼ同じタイミングでアルバムをリリースしていることになる。


また、iTunes storeで!!!の新作strange weather,isn't it?を見かけたので試聴してみたら、これがまたファンキーでグルーヴィーでへヴィーなかっこいいアルバムだった。僕は前作myth takeしか知らないのだが、まずそこで聴かれたポストパンク・リバイバルまたはダンス・パンクなスタイルからかなり趣が変わっている。エレクトリックなテイストには洗練が施され、メロディもソウル志向を強めている。そしてそれらがしなやかに重厚にうねるグルーヴのもとに一体となるのだから、知らずに聴いたらすぐには!!!の名前は出てこなかっただろうと思う。


そんな新たな渋滞予想が出たところで、昨夜のCDジャーナルからのメール・マガジンにはcastの再結成の報せがあり、そうなればどうしてもfine timeのイントロのジャーンという気持ちのいいギターだけでも聴かずに寝られるはずもなく、今日は今日で不意にmarionのmiyako haideawayが頭の中で鳴り出し...、渋滞は一向に収まる気配さえない。
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2010年06月23日

今日も星がものすごい

これだけまとめてoasisの曲を聴くのは久しぶりのこと、dig out your soulのリリース直後以来である。しかしながら、懐かしいとか改めて聴いて新鮮に感じるなどということもなく、シングル曲だけにほとんどの歌詞も恐ろしいほど自然に口をつくので、実際には全く久しぶりという感じがしない。

1曲単位でならよく聴いていたとはいえ、それも最近では専らthe shock of the lightning、あとはsupersonicとlive foreverに偏りがちで、iTunesからは、shakermaker/stand by me/the importance of being idleあたりならともかく、wonderwallやdon't look back in angerまでも姿を消してからもう大分経っていた。

ゆえに、もう少し久しぶりな感じがしてもおかしくはないのだが、電話やメールをポツポツとやり取りしていた友人に数年ぶりに再会して、数年前と全く変わらない調子で話し出すような戸惑い混じりのうれしさがある。


また解散後のベスト・アルバムなのだから、少しはしんみりするかとも思っていたのだが、この点においても驚くほどしんみりしてこない。

デビューから解散まで、15年の長きにわたりリアルタイムで聴き続けたバンドであるし、それに伴ってこのベスト・アルバムに収められた曲にも、その当時の自分の状況とリンクした並々ならぬ思い入れがある。いくらそういったしんみりしたムードとは馴染まない、兄弟ゲンカの絶えなかった、やさぐれたロック・バンドだったといっても、ジーンときて涙のひとつもこぼれるに違いないと思えば、あえて耳の大渋滞を避け落ち着いてから聴くことにしたのだが、一向にしんみりしない。湿っぽいムードすら漂ってこない。

あえて自分の思い出を引っ張り出してまじまじと見つめれば、それなりに切ない思いに誘われないこともないが、むしろ曲がそれを許さず、気がつけばまずは一緒に口ずさみ、自然とギターを弾きたくてたまらなくなり、ついにはドラムスティックを持ち出して叩くまねをせずにはいられない。胸の辺りが熱くなるが、それも湿っぽいものではなく、何のことは無いこれまでと変わらずoasisを聴いて大いに興奮し盛り上がるだけだった。


「まだ解散を受け入れられない」とか「まだ終わっていない」と感傷的になれるほどに初心ではあり得ないし、いくら昨今の解散が再結成込みだからといって決して冷めているわけでもない。the shock of the lightningが久しぶりに特に気に入った曲だったこともあり、やはりこのタイミングでの解散はもったいないと思うのだが、こうして曲を聴いてしまうと解散の事実や、その後の喪失感さえあっという間に吹き飛んでしまうのだから仕方ない。


ただ、それは「解散してもこの素晴らしい音楽は残る」などとという定型に収まるようなよそよそしい感覚ではない。もっと喪失感とは程遠い、強烈に目の前にあるという感覚で、今日の星の輝きが数億年前の星の活動の証しであるというのと似ていると思う。はるか昔にすでに消滅しているはずの光源に思いをはせることもできるし、どうしてもそれを現実として受け止められなかったりもするが、とにかく今日は星がやけにきれいに輝いていて何だかもうたまらないという感じ。

ちょっとoasisに対して言うにはロマンティックでセンチメンタルに過ぎる嫌いもあるが、決して大袈裟ではない。

言ってしまえばoasisとはいいメロディに凄いボーカルに凄いギターである。そしてそれが気持ちいいほどに世界中から支持されたというのがoasisのさらにもの凄いところである。ゆえにその衝撃が未だあまりにヴィヴィッドに我々の心を揺さぶり続け、シンプルにして強力な曲たちがこうして今日も変わらずやけに瞬いているのも、やはり太太しいくらいに至極当然のことなのだ。

posted by atons at 20:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月22日

「魔女と金魚」と想子

まず表紙を取り外し広げて1枚の絵にしてみた。カラスが上に来るように縦にもしてみた。しばらくそんな風に絵として鑑賞してから表紙に戻したうえで「魔女と金魚」を読み始めた。昨日は100ページあたりまで、そして今日は残りを読み切ってしまった。

物語が佳境に入ってからはページをめくるスピードも格段に増したのだが、正直言うと昨日の100ページあたりまではなかなかそういうわけにもいかなかった。

1章の直前に記された詩の断片がなんともせつない味わいがあり、続く1章も主人公繭子が魔女であるという設定とその背景を説明的に過ぎることなく、小気味よく鮮やかにわずか4ページほどで描き出されていたので滑り出しこそ順調だったのだが、まず出鼻をくじかれたのがイッペ・オオサコの口調。

映画やドラマであれば全く平気かもしれないし、むしろいい味付けにもなりうるのだが、文字になったことで1章のムードがあっという間に打ち砕かれてしまったのが個人的にはもったいない気がした。それは話の展開上の必然であるわけだから仕方のないことである。ただ、それしきのことで出鼻をくじかれる僕にとっては、その後に続く恋人同士の会話にちょっとしたいざこざ、続いて現れる意地の悪い美少年、アンダーグラウンドへの誘いという流れはもう全くリアリティに欠けるものでしかなく、繭子が魔女であることを忘れるほどごく普通に要と話をすればするほど、儘ならない恋に胸を痛めれば痛めるほど、シュートに翻弄されればされるほど、さらに砂糖がただの砂糖でなくなるにつれて、文字を追いかけるのがやっとという感じにならざるを得なかった。


無論、それは恋人同士のやりとりや恋にまつわるあれこれ、絶妙のタイミングで女子の心を惑わせるために現れる美少年などにそもそも馴染まない、それを読む資格というか素養のない、読み手側の重大な欠陥によるものであり、むしろそんな僕さえも結局見放すことなく根気よく物語の世界へと導いてくれた軽妙にして巧みな表現力こそ素晴らしいと言わねばならない。

帯に「本書は生活を活写するかろやかな筆致に秘密がある。繊細で、かわいらしさとせつなさを秘めていて、天性といえるほどにセンスがいい」とあるが、まさにそのごとくにディテールが絶妙のタイミングでしかも程よい力加減で描きこまれている。かといって拘っている風な嫌味がないので、ごく自然に「何々、へぇーなるほど」という感じで物語の世界にとどまることになる。


そして、そのディテールの素晴らしさに加えて、最後まで僕にページをめくらせてくれたのが想子の存在である。

ちょうど恋人同士の会話やいざこざがどうしても頭に凭れてくる頃に、脈絡もなく現れる想子の空気を読めないもしくは読まない感は小さな笑いとともに、何も僕に限らず物語にとっても湿っぽく重くなりかけたムードを引き戻すという意味において、ほんのわずかの登場シーンにしては(前半からすでに)非常に重要な役割を担っていると思う。「うんだらるんだら」という響きも妙に気に入った。

ゆえに僕にとって途中厳しかったのは、想子の出番が無かったからでもあるわけだが、9章の「どうせ想子だ」の行や、11章であの冒頭の詩の断片が想子によって歌われているということが明らかになる時点での、どうやらただのとぼけた厄介な隣人で終わらない予感は単純にうれしく、また物語終盤への期待も大きくなった。16章でのせっかくの活躍ぶりが(おそらく最終章への配慮から)あまり描かれていないのは残念だが、「(略)当然すごい速さで追いかけてきた」の一文と「うんだらるんだら」が効いていて、緊張感の中にも可笑しさを混ぜ込んでいる。

最終章を踏まえた混乱の中での想子の佇まい、それからでたらめだけどシルクのような想子の歌については、映画化またはドラマ化の暁に、ツウのポイントとして楽しみに取っておきたいとさえ思っている。



そんな風に想子を追いかけながらたどり着いた11章以降は、すっかり作者のストーリーテラーぶりに乗せられるまま、真相を求めて地下へ降り、西の果てにさえ足を踏み入れ、やがて自らの心へ分け入っていく繭子に多分に同情的になり、最終17章までは本当にあっという間という感じだった。いわゆる劇的という意味では最大の見せ場にもなるはずの16章が意外とあっさり描かれている点も、これ見よがしな描写に走らないセンスによるのはもちろんのこと、喪失感の伴わない淡々としながらも明るさと清清しさに満ちたエンディングにとってはむしろ好ましかったと思う。そのまま気づいたら、資格が無いの素養が無いのと決めつけてしまっていた僕も、16章の最後のページを照れくさいともくすぐったいとも思わず、繭子が言葉のごとくに素直にとても暖かい気持ちで読んでいた。


posted by atons at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月21日

当たり前

6月20日付最新のUKシングル・チャート、1位は先週に引き続きdizzee rascal & james cordenのshout for englnad。ワールド・カップ真っ只中なのでshoutの2週連続1位は予想できたものの、kylie minogueのall the loversが4位にとどまったのは、例のPVにstuart price印の人肌エレポップな曲自体も素晴らしかったのでちょっと意外な感じもする。

あとはもう10位以内はおろか、40位以内にも馴染みのある顔もハッと耳を引くような曲も見当たらない。40位以下でもworld in motionとthree lionsはshout人気のあおりを受けて順位を下げ、paul wellerのfind the torch burn the plansも68位。そしてベスト盤効果で急浮上したoasisのwhatever/stop crying your heart out/wonderwallくらいのもの。ちなみにイギリスでは久々のシングルだったrick astleyのlights outは99位、100位はmumford & sonsのthe caveである。


ポップ・チャートが若い世代のものであることも、いい曲が必ず売れるわけではないことも、いかに売るかが鍵であることも十分承知しているつもりだが、ここまで自分の好みとかけ離れてしまうとやっぱり寂しくてつまらない感じがする。


兄弟ゲンカを含むゴシップも絶えなかったとはいえ、いい曲で1位を取るという当たり前に見えて今の時代最も困難なことをやってのけたoasisのベスト盤が当然のように1位となったのも、だから素直には喜べないところがある。

確かにアルバムチャートではまだロック勢が存在感を示しているが、例えば初登場8位だったfoalsのtotal life foreverもあっという間に姿を消してしまったし、先週初登場16位だったthe drumsも58位に急落していて、特に昨年あたりまでの新人バンドブームからすればなんともお寒い状況になっている。

その盛り上がり方はブリット・ポップ期のそれにも例えられたが、そいういう意味では、現状はまさにブリット・ポップ末期的だといえる。それもまた何でもかんでも期待の新人に仕立て上げられてしまう状況からの揺り戻しには違いないのだが、今回はそのブリット・ポップの最大の収穫であったoasisの解散が偶然としても時を同じくするというのだから、どうも余計に雲行きが怪しいような気がしてならない。



そんな中、未だ10位にとどまるmumford & sons、そして12位に初登場したcrowded houseのintriguerが、今週のチャートについてはほとんど唯一の救い。

crowded houseの12位は、前作time on earthの3位からしても、アルバムの内容からしても物足りない数字には違いないが、再結成というニュースでもなければ80年代のバンドがチャート上位に食い込むことなど絶対的に不可能なこのご時勢にあって、再結成後2作目での12位というのはまさに快挙である。「いい曲が売れる」という当たり前をまだ信じていたい音楽好きに残されたわずかな希望でもある。
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2010年06月20日

ジャケット買い

書店で欲しい本を見つけた後、何気なく眺めていた文芸新刊のコーナーでその一際鮮やかで美しい表紙に魅かれ「魔女と金魚」という本を手に取った。

表紙の半分ほどは帯で隠れているのだが、上半分に描かれている緑色の背景と金魚の朱色がことさらに目を引いた。我慢できずに帯をそっと外してみると、タイトルどおり魔女と思しき女性の姿も現れる。

涼やかで可愛らしくて美しい。金魚だからマティスという連想は実に安易で絵画に決して明るくないゆえのバカのひとつ覚えだが、鮮やかで自由で行き届いた心地よさには大いに通じるところがある。カレンダーもない殺風景な僕の部屋に飾るならこの絵がいい。帯の金魚鉢と金魚の絵もまた素敵だが、表紙を隠してしまうのももったいないと思った。


帯を元に戻すと、そこには「自分を持て余しながら不器用に生きている、すべての女子へ。」というコピーがデカデカとある。

そうはいっても、「自分を持て余しながら不器用に生きている女子」に負けじと自分を持て余しながら不器用に生きているこの男子ならば...と中をぱらぱらめくってみると、なるほど自分持て余し度や不器用な生き様具合はさておき、特に僕のようなむさくるしいタイプはまず第一に除外されてしかるべきようなチャーミングな雰囲気が漂っている。この表紙を手にしている僕の姿も、他から見れば随分奇妙な組み合わせに違いない。デパートの婦人服売り場を通り抜けなければならないときのいたたまれない感じに似ている。

ハリー・ポッターさえ読んだことも見たこともない僕が魔女の話にピンと来るはずもないが、そんなこちらの興味云々以前に、とっくに本のほうからきっぱりと断わられているように思えなくもない...。しかし表紙は欲しくてたまらないし挿絵もじっくり見てみたい...。

大分迷って後ろ髪を相当強く引かれながらも、とりあえず今日はすでに手にしている本を読まなければならないし...という適当な理由をつけて誤魔化して、結局「魔女と金魚」は買わずに店を出た。



そんな風だから、家に帰ってから余計その表紙が気になって仕方が無い。買ってきた本を読むよりも先に、amazonの商品ページで「魔女と金魚」の表紙を拡大してみる。やっぱり買ってくれば良かったかな...とあっという間に後悔。

この表紙絵を描いたオカヤイヅミさんという方のサイトにも行き当たり、他の素敵な作品や愉快な絵日記も拝見して、また表紙絵に戻りじっと見入るということを繰り返しているうちに、とにかく明日にでも「魔女と金魚」を買ってこようという結論に至った。


CDのジャケット買いさえめったにしないが、そういえば小学校の頃、図書館で本を選ぶ際の最大の決め手は表紙と挿絵だったことを思い出した。

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2010年06月19日

the drums

素っ気ないビートにチープなシンセ、ポストパンク的なスタイルはこのデビュー・アルバムでも徹底的に貫かれているので、正直言って単調さも拭えない。しかし、各曲はそのスタイルの単調さを補って余りあるほどに実によく書けている。またそれゆえに、ひとつのイメージで統一するのが1stアルバムにおける有効なアプローチではあるものの、せっかくのポップなメロディを多彩なアレンジで聴いてみたかったという意味ではもったいないという不満も残る。

またこんな感じかと思ってもメロディがそのスタイルに埋没することはなく、時にポストパンクなアレンジが置き去りにされているように感じられることもあるし、例えばアルバム中唯一性急なビートから免れたdown by the waterが、グッと歌の世界を押し広げていることからしても、彼等のポップセンスがこのアルバムの単調なトーンにすでに収まりきらないのは明らかである。

ただ、おそらくそういったリアクションも承知のうえで、あえて1stアルバムらしくポストパンク的アプローチ単色での勝負を可能にしたのも、彼等が自らのポップなメロディに相当の自信を寄せているからに違いなく...。

単調だがポップ、物足りないがポップ、ポップだからあえて単調でも物足りなくても構わない...、そんな堂々巡りから抜け出せない。


それはつまり、単調でも物足りなくても結局はポップで離れがたいのだから、聴き手の気持ちをざわつかせる、新人らしいウブさとしたたかさが同居した理想的なデビュー・アルバムということになるのだが、そこで物足りなさを新人らしいウブさに留めずあっという間に将来的な期待どころか2ndアルバムでの大飛躍への確信にまで変えてしまうのも、またしたたかさの背後にちらつくはずの小賢しさやいやらしさを感じさせず、かえって「好きだから」とか「とりあえず今はこれ」というな無邪気なイメージを抱かせるのも、無論ポップなメロディの仕業である。


そんな風に何でもかんでもポップのせいにしても構わないくらい強烈なポップセンスが、このアルバムを取り巻くその他もろもろまでも覆い尽くさんばかりに立ち込めている。


着やせして見えるが、実はかなり筋肉隆々の並々ならぬポップセンスを隠し持っているに違いない。そうでなければ、この期に及んでヘロヘロなビートにポップなメロディに躁なボーカル、さらにメディアの持ち上げ方も含め、聴く前にゲップが出そうな組み合わせに、ここまで心奪われるはずがない。

posted by atons at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月18日

「アブラカダブラ」でアルバム1枚50円

iTunes storeで何気なくABCのページを覗いてみたら、少し前には無かったはずのアルバムabracadabraが追加されていた。

当時、前作upですら外連味においては非常に物足りなく感じていたために、1stシングルのlove conquers allを聴いた時点で購入を見送ってしまったので、唯一まともに聴いていないABCのアルバムということになる。


懐かしく珍しくまたせっかくでもあるしということで、試聴してみたらいかにも91年のアルバムらしく、ハウスを経由したテクノ・テイストのクールな打ち込みに、洗練されたシックなメロディというスタイル、つまりlove conquer allから受けた印象どおりの内容で、購入を見送ったのは当時の僕の耳にとっては賢明な判断だったと思う。ただ、クールなサウンドの端々にはABCらしい小技が効いているし、スタイリッシュでソウルフルなメロディラインも心地よく、現在の耳には決して物足りないクオリティではない。

終いには特に気に入った数曲だけでも購入して聴いてみようという気になって、アルバムのページを開いたら何と「アルバムを購入」の横に「\50」と表示されている...。


iTunes storeでも時々セールがあって、アルバムを安く購入できるのを見かけたこともあるが、それでもアルバム1枚50円という破格は無かったように思う。しかも、このabracadabraはオリジナルにリミックスを加えた全18曲のヴォリューム。1曲あたり3円にも満たない。中古CDショップかレンタル落ちのワゴンの片隅でホコリまみれになっているCD並の価格設定である。確かにヒットしなかったアルバムではあるが、現在は中古盤以外では入手困難だし、僕のように当時購入を見送ったファンや購入したものの売ってしまったようなファンにとってはそれなりの価値もあるわけで、いくらなんでも50円は安すぎる。

1曲単位では200円(洋楽は普通150円)と表示されていることからしても、これは単純な表示のミスか何かだろうと思い、どうせ購入はできないようになっているに違いないと試しに購入ボタンを押してみたら、そのまま50円で全18曲を購入できてしまった...。


the black boxやbrothers in rhythmによるリミックスも最高にかっこよかったし、kiss me goodbyeなんてかなりの名曲だったし、何よりアルバム1枚50円なのだから非常にうれしく有難いのだが、やはりあまりに安すぎて何だか申し訳ないような気もする。

よほどアップルに連絡してみようとも思うのだが、いつまで経っても帯に短し襷に長しな品揃えに対する不満、同じアルバムが何枚も並ぶ謎、タイトルと曲が合致していないよと報せても全然訂正しない姿勢等々を考えると、こちらの親切心も蔑ろにされそうでどうも気が進まない。また、このミスが原因でパートのおばさんたちが怒られたりしたら気の毒でもある...。


それに比べて、もし僕と同じようなABCファンがこのabracadabraを見つけて、50円ならということで購入に至り、同じようにその良さを再発見することを想像してみると、確かに50円は安すぎるわけだが、これがきっかけで他のアルバムを聴いてみようと思う人もいるかもしれないし、martin fryも苦笑いながら許してくれそうな気もして、音楽のためにはむしろこのままにしておいたほうがいいようにも思えてくる。
posted by atons at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする