2010年07月31日

talking to girls about duran duran/rob sheffield

80年代の音楽を絡めて青春時代を描いた小説やエッセイや映画といえば、そこで流れる音楽はどうしてもいわゆるセンスのいいロックに偏りがち、culture clubやdead or aliveやspandau balletあたりの名前は笑われるか皮肉られるために用いられる場合がほとんどである。ゆえに、そんな嘲笑の対象でしかありえなかった80年代のど真ん中のポップ・ミュージックについて、しかも真正面から語っている点からしてすでに、このtalking to girls about duran duranというエッセイは他の多くの80年代を扱った作品と大きく違っている。


たしかにbeatlesにstoens、roxy musicにthe smithsも登場するが、各章のタイトルとして用いられたアーティスト名を見ても、human laegue/OMD/hall & oates/bonni tyler/haysi fantayzee/a flock of seagulls/madonna/the smiths/new kids on the block...といった具合で、日本ならよほど幅広くカバーしたディスクガイドでもない限りこれらのアーティストの名前が一冊の本の中に並ぶことはまずない。

しかもそれが各章のタイトルとして曲名とともに用いられているのだから、その内容がありきたりな80年代ものと異なるのも推して知るべし。

flock of seagullsならまだしもhaysi fantayzeeで1章をもたせてしまうのがまずありえないし、phil oakeyへの憧れが活字になっているのもはじめて読んだ。'82年夏、スペインのマドリードのディスコで流れるenola gayと帰国後に観た映画「E.T」、あこがれの女性教師を介して重なる「華麗なるギャツビー」とbryan ferry、hall & oatesから始まるニュー・ウェイヴ論はgreen gartsideのian curtisについての述懐で締めくくられ、せっかくのthe policeのsynchronicityツアーもオープニング・アクトのflock of seagullsの話ばかり。ほかの音楽関連書籍では絶対に読むことができないであろうエピソードが続く。


もちろん、i'll tumble 4 yaの章におけるMTVの衝撃、映画ではjohn hughes作品、haysi fantayzeeに言及したら避けては通れない一発屋に、アイドルバンドの顛末、カセットシングルへのこだわり(bobby brown/fine young cannibals/rick astley/milli vanilli/london beatといったアーティストのcassingleを通してその愛が語られる)など、80年代に欠かせないテーマにも触れられていて、音楽ジャーナリストらしい示唆に富む指摘もあればトリビアもあるのだが、あくまでも個人的な青春時代の思い出とそれに欠かせなかった当時のポップ・ミュージックについて思い入れたっぷりに綴られている。特に、def lepardにmorrisseyにgeorge michaelにdebbie gibsonが登場するひと夏の恋の物語や祖父との思い出などは、甘酸っぱくてほろ苦くて切ないちょっといいアメリカの青春ドラマを見たような気持ちにさせられる。

音楽と思い出を無理矢理くっつけたような味気ない紋切り型の音楽エッセイや同じような文句が並ぶディスクガイド、さらにバンドの曝露本の類なんかと比べるまでも無く断然面白い。本当に音楽が好きで夢中になったことがなければこんな風には書けないものだ。


duran duranについては前書きと最終章で取り上げられていて、その最終章に用いられたタイトルはall she wants is。all she wants isからduran duranの話が始まるのも、それ以前にこの曲がこんな風に取り上げられるのもやはり初めてのことだろう。rioかhungry like the wolfもしくは1stシングルのplanet earthと相場は決まっているというかその3曲に限られるといってもいい。最近では日本においてもやっとduran duranファンを公言する音楽評論家も出てきてはいるものの、simonがluciano pavarottiとデュエットしたordinary worldやandyやjohnのソロ作にまで言及するような人は絶対にいないはずである。個人的にも、duran duranとthe smiths/morrisseyを同じように好きで聴いているというだけでもかなりの親近感を抱かずにはいられないし、the smithsの章でのmorrisseyとの心の対話なんてまるで自分のことが書いてあるようだと思った。


タイトルのtalking to girls about duran duranが意味する「女性にまつわる多くのことを女性に絶大なる人気を誇ったduran duran周辺から学んだ」という点については、少々大袈裟な感じもして、その内容自体には正直納得できない面もある。しかしながら、当時僕等がポップミュージックから多くのことを学んだのは紛れも無い事実であり、自由に好きなように聴いて自分なりに解釈しそこに自らを投影し、そこから得たものを自分の生活に敷衍していくというそもそもの音楽との関わり方楽しみ方を思い出させてくれるこの本を象徴するのに最もふさわしいタイトルであるには違いない。「80年代のポップミュージックから多くのことを学んだ」と解釈しても差し支えないと思う。



インターネット上では聴き方に正解でもあるかのように揚げ足取りや間違い探しが蔓延し、youtubeを貼り付けwikipediaの情報をコピーしたブログでは「懐かしい、今見ると笑える、えーまだやってたの」に終始する...、そんな現在だからこそ読みたいそして読むべき、インターネットの検索ではそう簡単には見つからないエピソードが詰まった音楽好きにはたまらない素敵なエッセイである。

特に80年代から90年代にかけて洋楽とともに青春時代を過ごし、今もまだ当時のアーティストに魅せられたまま音楽を愛し続けている人にとっては、きっと忘れがたい1冊となるだろう。
posted by atons at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月30日

まだ結構ある

a-haのhunting high & lowとscoundrel daysのスペシャル・エディション日本盤もリリースされ、duran duranのnotriousとbig thingも9月27日、そしてgeorge michaelのfaithも10月6日にデラックス・エディションがリリースされるようだ。

こうしてみると80年代の作品についてのリイシューもここへ来てやっと軌道に乗った感もあり、マイナーな作品も突如マイナーなレーベルによってしかしかなりのボリュームでリイシューされたり、CD化が望めないような音源も(まだ稀ではあるものの)ダウンロードによって入手できるようになりつつある。iTunes storeでjohn taylorのi do what i doが見つかったのは驚いた。


ただその一方で、頑なにCD化もされなければ配信もされない音源もあって、僕にとってその代表格がこの曲のこのバージョン。

you spin me round (like a record) murder mix/dead or alive
http://www.youtube.com/watch?v=0grOuN5nnr4&feature=related


どこかで配信されているかもしれないし、コンピレーション盤の1曲として収録されたのを見かけたこともあるが、少なくともdead or aliveの作品としての正式なCD化はいまだ実現していないはずである。

数年前にmurder mixも収録した12インチコレクションのリリースが予定されながら立ち消えになり、2006年版シングルのカップリングもmurder mixと表示されていたものの実際はperformance mixだった。最近になって(you spin me roundを収録したアルバム)youthquakeの前後のアルバムについてはリイシューされているものの、何故か彼等の最大のヒットであるはずのyouthquakeは手付かずのままである。マイナーな曲ならば仕方ないと諦めることもできるが、全英NO.1ヒットでありまた80年代を代表するダンス・レコードであり12インチ・バージョンでもあるこのmurder mixが何故ここまで蔑ろにされるのか全く解せない。


個人的にも中学2年の夏にクロスオーバーイレブンから録音したカセットをテープが伸びきるまで聴いて、それから12インチシングルを購入してさらに聴きまくった忘れがたい曲である。ありがちないわゆるextended versionにもかかわらず、聴くたびにとんでもなく盛り上がり、8分の長尺でもまだ物足りないような、さらに8分続いても平気なような気さえいまだにする。performance mixではこうはいかないし、シングル・バージョンなんてそもそもこの曲を聴いたことにならない。murder mixこそオリジナルで、シングルのほうが味気ないエディット・バージョンといった感じである。


...こんなことを以前に書いたような気がするなと思って調べたら、やはりちょうど2年前に同じような内容を書いていた。しかし、2年後まだmurder mixがCD化されていなければきっとまたこの時期に同じような事を書いてしまうに違いない。というか書かなければならない。


notoriousとbig thingのデラックス・エディションが四半世紀を経てやっと実現するうれしさもあって、何となくリイシューも軌道に乗り、貴重な音源も着々とCD化または配信されているような錯覚に陥りがちだが、冷静に考えてみれば例えばculture clubにはまともなデラックス・エディションのひとつも無く、wet wet wetなんてリイシューさえされていない。george michaelのfaithにしても、あれだけ大ヒットしたアルバムなのにやはりデラックス・エディションまで20年を要している...。

やる気のないレコード会社のペースに巻き込まれてしまったとはいえ、油断したり落ち着いたりするにはまだ早い。

posted by atons at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 80年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月29日

愛は心の仕事でなぜ?の嵐

hunting high & lowのダウンロード版ボーナストラックtake on me(1984 12"mix)についてレコード会社から返信があった。しかしながら、「いろいろ調査しましたが、こちらの音源はクラブDJ向けの12inchシングルが元になっており、オリジナルどおりではないかと思います」と心許ない。肝心の1分間の無音部分についても「現在レーベルに確認中」。すでにUKのiTunes storeでの演奏時間から、唐突な終わり方自体が元の音源に由来するものだろうと察しがついた後ではあまりに物足りない回答だった。

また、iTunes storeでの取り扱い中止および再配信についてはやはりレコード会社の関知するところではなようで、改めてアップルのほうに問い合わせるしかないらしい。アップルは真摯に「問題がいつ解決されるかは分かりかねます」なのだから、つまり1週間待った挙句何ひとつ明らかにならず、さらに今後しばらくはこの件が解明される望みもなくなってしまったわけである。


だからといって今さらどうということもない。iTunes store周辺にはそんな問題やら謎やらが山積みになっているからだ。


海外ではとっくに配信済みのbrandon flowersのcrossfireがいつまで経っても配信されず、それなのに名前だけは出てくるなんてのはまだかわいいほうで、duran duranについては同じアルバムがダブって取り扱い枚数が増えた後、しばらくしていくらかダブりが解消され微減したと思ったらまた微増。検索するたびに同じアルバムが分裂と消滅を繰り返しているような状態が続く。

robbie williamsのほうは増殖につぐ増殖を繰り返し、現時点での取り扱い枚数は何と75枚。数日前からさらに2枚ほど増えている。その中でもやけに同じジャケットが目に付くrudeboxのアルバムとシングルを数えてみたら、アルバムが6枚、シングルが7枚。仕様の違いを考慮してもダブりすぎである。

配信システムにおいても、実際の店舗のように在庫がダブつくということがあるのだろうかと考えたりすると、それはもう映画「マトリックス」の世界のようで、いよいよ謎は深まるばかり。



その一方で、何の脈絡もなく「ラ・ムー」の「愛は心の仕事です」の配信が始まっていたりするのだからもう何が何だかわけがわからん。


なぜ菊池桃子が唐突にバンドを結成したのか、なぜあの歌声でロックバンドなのか、なぜロックバンドと言いつつまるで違うアーバンなテイストのファンク・ポップだったのか...等々、このバンドにまつわる謎が20年以上経った今も解決されていないというのに、なぜいまこのタイミングで「ラ・ムー」なのか、なぜ今さら4枚のシングルを1週間ごとに配信するなんてもったいつけたやり方をするのか、同様になぜアルバム「Thanks Giving」の配信を秋まで待たねばならないのか...という新たな謎も加わり、そもそものiTunes storeの謎と相まってなぜ?の嵐状態、そう吉沢秋絵の「なぜ?の嵐」が連想されてしまってもむしろ冷静に受け止められるほどに「なぜ?の嵐」なのである...。



「ラ・ムー」というのは「ムー大陸」を統治したと言われる帝王のことなんだとか...。

もはや空想上の大陸のように謎につつまれた、とらえどころのないiTunes storeに「ラ・ムー」が降臨すれば、iTunes storeの謎も解明されていくのかもしれない...。何ならそれを機に消滅して本当の伝説になったほうがいいのかもしれない...。

いやiTunes storeなんてそんな夢みたいに便利なものは、実は端から存在していないのではないか...。僕は夢を見ているだけ、菊池桃子も「ラ・ムー」なんてバンドは結成していないのではないか...。
posted by atons at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | a-ha | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

推奨できない

HMVで「カルチャー・クラブDX盤!」という一文を見かけた。

duran duranに続いてculture clubもついにやっとオリジナル・アルバムのデラックス盤化が始まるのかと喜んだのもつかの間、発売済みのgreatestのDVDにベスト盤CDをくっつけた代物greatest hits(sight & sound)と判明。何のことはないまたしてもこのレコード会社お得意のベスト盤および抱き合わせ商法である。

「カルチャー・クラブDX盤!」という誤解を招くような書き方も良くないが、それより先にこのレコード会社にそんな期待をする僕のほうがもっと悪い。


しかし、duran duranもやっとデラックス盤化が軌道に乗った現在、そろそろculture clubのほうにもそんな動きもあっていい頃には違いなく、このレコード会社ならこの期に及んでさらにベスト盤の1枚や2枚リリースして当たり前なのだとしても、ついもしかしたらと期待してしまうのも仕方のないこと。それがぬか喜びにさえならない前にあっという間に、いつものculture clubベスト盤地獄の現実に引き戻されてしまっては、今回のベスト盤も「見て聴いて楽しさ2倍」ではなく「見て聴く前に失望10倍」な内容にすぎないのである。


中にはculture clubのものならとにかく何でも手に入れなけりゃ気がすまない、過去に発売されたベスト盤も全部持っているけど今回ももちろん購入するなんていうファンがいるかもしれないが(これまで発売されたベストを全部いや半分でも持っているという人がいたら是非朝まで語り明かしてみたい)、そういったファンにもここはグッとこらえて何とか購入を思いとどまってもらわなければならない。辛いかもしれないがデラックス盤リリースのためには、もうこれ以上ベスト盤や廉価盤や抱き合わせ商法は通用しないということをレコード会社に思い知らせる必要がある。


新しいファンのためにはこうやって折にふれベスト盤を改めてリリースする意義もあるわけだが、それにしてもculture clubについてはやりすぎだし、べスト盤を入り口に新しくファンになった人たちが、さぁではオリジナル・アルバムも聴いてみようとなった時に、廉価盤に中途半端なボーナストラック、4枚目のアルバムはまともにリイシューさえされていない、そして今どきデラックス・エディションの1枚も無いというのでは、あまりに情けなくみっともなく、また申し訳ない。80年代を代表するバンドと聞いていたけど何だそんなもんだったのかという誤解も招きかねない。


culture clubの功績を正しく後世に伝えるためにも、そろそろしっかりとしたデラックス・エディションが必要なのであり、そのためには今回のようなベスト盤を買ってはいけないのである。

...とはいうものの収録された曲やPVは言うまでも無く素晴らしい。特にDVDのほうはボーナストラックが充実していて、culture clubのリイシューにおいては唯一評価できる内容でもある。ファンとしてそれを買ってはいけないというのは心苦しいので、consumer reports風に「推奨できない」としておこう。
posted by atons at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | culture club | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

mark ronsonの夢

2008年7月 smirnoff unites music titans for unique live event:duran duran vs. mark ronson and more
2009年7月 (lovebox festival)duran duranのステージにmark ronsonが参加
2009年11月 (concert for care)mark ronsonのステージにsimonが参加(planet earth)
2010年4月 mark ronsonがthe chauffeursを従えて行ったライブにsimonとnickが参加(the chauffeur)
2010年7月 (lovebox festival)mark ronsonのステージにsimon/nick/john/rogerが参加


duran duranとmark ronsonの共演回数はこの2年間で、先日のloveboxのmark ronsonのステージを含め5回に及ぶ。そのたびにお互いの相性も抜群、mark ronsonのduran duranへの愛は本物、mark ronsonという最強の助っ人の力を借りて、80年代を象徴するバンドであるduran duranが満を持してついに80年代サウンドを取り入れたアルバムを作る...、だから新作は大いに期待できる...などということを、我ながらよくもまぁ飽きもせずに繰り返してきたと思う。


...でさすがに飽きた。それにもう言い様もない。新曲を演奏するならまだしも(mark ronsonのステージでもあるし、このタイミングで新曲を演奏するわけにもいかないのだが)、この期に及んでまたplanet earthとなると、ファンをしてもそうはしゃいでもいられない。

しかし、そんな状況でも同じステージで披露されたsimonがボーカルを務めるmark ronsonのニュー・アルバムのタイトル・トラックrecord collectionが素晴らしく、特にsimonの歌うメロディ・ラインが最高にポップでかっこいい。こんな曲がduran duranのニュー・アルバムに入っていたらいいのにと思うと、自然とまた新作への期待も高まる。


自らのステージや先日の新曲公開など、事あるごとにduran duranをフィーチャーし、もう共演はいいから、その分できるだけ早くアルバムを...という愛するがゆえとはいえつい生意気なことを口走ってしまうファンさえ、かっこいい曲で興奮させ再度新作への期待を煽ってくれるmark ronsonの存在は本当に心強い。duran duranファンは彼に足を向けて寝られない。


mark ronsonのニュー・アルバムでは、boy georgeもsomebody to love meという曲を歌っているのだが、考えてみれば同じ作品にduran duranとboy georgeが名前を連ねるというのはあのband aid以来のことである。さらに、結局実現しなかったduran duranとculture clubの共演ライブを思い出してみても、これは当時からのファンにとってはちょっとした奇跡であり、mark ronsonが四半世紀を経て僕らの夢をまた別な形で叶えてくれたともいえる。

それはまた僕等と同じように80年代のポップ・ミュージックを、duran duranやculture clubを愛してきたmark ronsonの夢でもあったのだと思う。


posted by atons at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | duran duran | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

暑い日が続くね〜

ある夏の日に隣の家の幼稚園に上がったばかりの男の子が「暑い日が続くね〜」と言いながら、親戚のおじさんくらいのさりげない感じで家の中に入ってきたことがある。暑い日が続くと、そのまんまるな顔とこまっしゃくれた「暑い日が続くね〜」を思い出す。


今年の夏は暑い日が続く。この辺りでは日中の最高気温もせいぜい31度か32度に留まるので、個人的にはまだ全然物足りないのだが、実際に真上から太陽に照りつけられたときの体感温度は少なくとも35度はあるだろうし、何といっても昨年の夏のように爽やかな風が吹いたりもしない。風通しがよく夏でも窓を開けて寝られないこの部屋も今年は開けたままで平気、風が無い夜は寝るのがもったいない気がする。


ニュースを見れば連日猛暑で暑くて大変で熱中症の被害も深刻なので、大っぴらに暑い夏を喜ぶのが憚られ、また好きで日光浴をしているのに、見知らぬおばあさんには「大丈夫?」と心配され、日傘を差して小犬を連れた奥さんには怪訝な顔で見られ、高校生のカップルにはクスクスと笑われたりするから夏好きはいよいよ肩身が狭い。


しかし元気に陽射しを浴びる分には誰に迷惑をかけるわけでもなし、今日もわざと日向を選んで歩き、冷房が効いた屋内での用事はできるだけ手短に済ませ、暑い夏を存分に堪能した。トマトやモロヘイヤやオクラやゴーヤなどの栄養満点の夏野菜を中心に、あとはガリガリ君を食べておけば身体もすこぶる健康である。紫外線が身体に良くないことも承知してはいるが、僕にとってはそれを補って余りある効能があるように思えてならない。それほど陽射しを浴びると元気になれる。肉よりも断然野菜や果物を多く食べるために、いつの間にか光合成ができるような体質になったのではないかと思ったりすると、さらにまた陽射しが気持ちいい。


夏のプレイリストを作るまでもなく、聴く音楽にも事欠かない。mystery jetsのserotoninに、sunbirdsのriver runとsunshine、a-haのbutterfly,butterfly(the last hurrah)にデラックス・エディション、そして新たに夏の定番に加わったmariachi el bronxなどなど、いずれも何度聴いても聴き足りないくらいで聴けば自然と体温も上がり、夏のプレイリストに頼るまでもない。


夏休みの宿題の読書感想文に始まり、新潮文庫や角川文庫の夏休みの文庫キャンペーンの影響もあって、むしろ読書の秋より読書の夏が染みついて例年夏には読書量が増す傾向にあるが、今年はいつにもまして本も読む。今はduran duranのオフィシャル・サイトで紹介されていたtalking to girls about duran duranを読んでいる(わからない単語を容赦なく無視するので、見ていると言うべきかもしれないが)。


当初の冷夏の長期予報が逆予報として当たったのか、直前に変更した暑い夏の予報がまぐれで当たったのか...、いずれにしてもこうして暑い夏になりさえすれば、さらに今後もこの暑さが続き、雲が取れてもう少し気温が上がってくれれば、もうそんなこともどうでもいい...、今のところそんな夏である。

posted by atons at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月25日

真摯なアップル

iTunes storeで購入したhunting high & lowのダウンロード版ボーナストラックのうちの1曲take on me(1984 12"mix)が、3分44秒でぷっつりと途切れ、その後1分程度の無音状態が続いたまま終わる。そんな唐突な終わり方をする曲もあるが、仮に元の音源がそういう終わり方だとするならば、その後に続く1分の空白が不自然ということになる。それで一応アップルに問い合わせてみたら以下のような返信があった。


「Take On Me (1984 12" Mix) [Bonus Track]」が iTunes Store の商品としてご満足いただける品質ではなく、大変申し訳ございませんでした。このアイテムについて調査をさせていただきます。アップルは iTunes Store で提供する商品の品質問題を真摯に受け止めており、ご報告いただいた「Take On Me (1984 12" Mix) [Bonus Track]」について調査を進めますが、問題がいつ解決されるかは分かりかねますのでご了承ください。数週間お待ちいただいてからもう一度お試しください。 また、お客様のアカウントにソングクレジットを発行させていただきました。このクレジットを使用して iTunes Store からお好きな曲をお求めいただけます。


相変わらず「真摯に受け止めて」いると言いながら、「問題がいつ解決されるかは分かりかねます」というトンチンカンな回答である。真摯に調査し報告してくれるならソングクレジットなど要らないし、逆に真摯とは口先ばかりでろくに調査もせず、1曲分のソングクレジットでうやむやにするつもりならそんな失礼な話はない。


geneのベスト盤でsleep well tonightとfill her upが入れ違いに表示されていると報告したときも、その後大分経ってから確認したらそのままだったし、今回改めて調べてみてもやっぱり訂正されていなかった。それはもう5年も前の話だ。duran duranのlive from londonのボーナストラック(tiger tiger/white lines)だけ音質が悪いのは何故と問い合わせても同様の回答で、それが元からなのかiTunes storeの問題なのか判明しないまま今に至る。もちろん音質も悪いままである。さらにsingles 1986-1995のタイトルとジャケット写真が間違っている旨を伝えても...。


つまり、「数週間お待ちいただいてからもう一度お試しください」といいながら、実際にはろくな調査もせずに問題を放置しておいて、とにかくそれでまた何かあっても1曲分のソングクレジットで押し切ろうという、およそ「真摯」とは程遠い、最も対極に位置するような姿勢なのである。

確かに曲目が間違って表示されていても試聴してから買えばいいのだし、音質の悪さもそのほとんどが元の音源に由来しているに違いない。ジャケットの間違いもさほど深刻な問題ではないのかもしれない。いずれも真摯に対応せずとも差し支えない問題であるのかもしれない。

しかし、それでは「真摯に受け止め」たことにはならない。適当にあしらっただけである。「真摯に受け止め」るとは、取るに足りない問題でも放置せず、しっかり調査報告し、必要があれば速やかに改善することに他ならない。

「真摯」はいかにも真面目に対応してます的なところを表すにはもってこいの言葉なので、つい使ってみたくなる気持ちもわからないではないが、いかに外国の会社だからといっても天下のアップルが「真摯」と「適当」を誤用をしていては外聞も悪かろう。「真摯」をどうしても使いたいなら、例えば以下のように回答の文面を変更すればいい。


アップルは iTunes Store で提供する商品の品質問題を真摯に受け止めることができず、ご報告いただいた「Take On Me (1984 12" Mix) [Bonus Track]」についての調査もあいにくですが行うつもりはありません。したがって問題がいつ解決されるかは分かりかねますのでご了承ください。数週間お待ちいただいてからもう一度お試しくださっても結構ですが、改善について過度な期待はなさらぬようご注意ください。真摯な気持ちからお客様のアカウントにソングクレジットを発行させていただきました。どうかこれでなにとぞご容赦くだいますようお願いします。


利用者の神経を逆なでする恐れは多分にあるものの、嘘がないだけこちらのほうがよほど真摯である。




肝心のtake on me(1984 12"mix)については、UKのiTunes storeを確認してみたら、演奏時間が「3分46秒」と表示されているので(日本のiTunes storeでは「4分46秒」とやはり空白の分だけ長くなっている)、3分46秒でぷっつり途切れる終わり方は元の音源に由来するものと考えて間違いないだろう。

そして、僕の知る限り昨日から今日(7月25日)の夕方まで、日本のiTunes storeではhunting high & lowのデラックス・エディションだけが姿を消している。問題解決のために一時的に取り扱いを中止したものと思われる。

これはアップルにしては珍しい迅速な対応などではなく、アップルでは埒が明かないと思い念のために問い合わせたレコード会社による対応に違いない(まだレコード会社からの回答は届いていないのだが...)。

アップル程度の真摯さではこれほど早い対応は絶対無理、少なくとも5年間は放置しておくはずである。
posted by atons at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | a-ha | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

blame the machine/duran duran

mark ronsonがラジオ番組で、duran duranの新曲blame the machineを公開した。すでにduran duranのオフィシャル・サイトでも聴くことができる。

blame the machine/duran duran
http://www.youtube.com/watch?v=nsplzuVTY0Q
http://www.duranduran.com/wordpress/?p=17172


duran duran側もmark ronsonも言っていたとおり、やはりこの曲も明らかに80年代初期のduran duranを思わせるサウンド。タイトルもいかにも80年代前半的である。

シーケンサーもしくはrogerの16ビートはplanet earthだし、鋭角的なギターはandyが弾いていてもおかしくないほど。メロディもポップ、simonの歌い方も何だかやけに溌剌として若々しい。先日リリースされた1stのデラックス・エディションに未発表曲として入っていてもさほど違和感もない、要するにlate barみたいな曲で、ゆえに間違いなくカッコいい。

ただ(イントロなのかサビ前なのかわからないが)歌が入る前の感じからいっても、何よりもduran duranの音楽性からしてもこのまま、まんま80年代初期スタイルに終始するとは考えにくく、何しろたった30秒では、「いい感じ」とか「アルバムも大いに期待できる」という聴く前と同じような感想にならざるを得ない。


昨年mark ronsonが同じようにラジオでチラッと流した2曲そしてこのblame the machineと、なんだかんだで新しい音源をすでに3曲耳にしたことになってはいるのだが、昨年の2曲はおそらくまだデモ段階だったろうし、その後完成に至ったかどうかも定かではない。さらにいずれもほんの断片に過ぎないので、新しい音源のたびに先走って興奮した割には、まだニュー・アルバムについてはほとんど知らないのと同じようなものである。それが物足りないようにも思うし、また新作を新作として堪能するためにはかえってよかったようにも思う。もちろんあまり待たせるからいけないとも思う。


それにしても、自身のニュー・アルバムのプロモーションに専念してもいい時期に、こうしてduran duranのニュー・アルバムをしっかりとアピールしてくれるmark ronsonは、何度言っても言い足りないくらい有難い。

duran duranのニュー・アルバムのクレジットには、「プロデューサー兼宣伝部長:mark ronson」などと記すべきである。

posted by atons at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | duran duran | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月22日

血と涙なら稀にある

a-haのhunting high & lowとscoundrel daysのスペシャル・エディション(日本盤)が届いた。

最近では日本盤のリリース自体が見送られるアーティストも多いし、duran duranとarcadiaのデラックス・エディションさえ輸入盤で購入したために、日本盤を購入するのは久しぶりのことだ。


duran duranとarcadiaのデラックス・エディションについては、1stとseven & the ragged tigerがDVD無しの2枚組のみ、輸入盤国内仕様と呼ばれるいわゆる手抜き仕様、しかしリリースは2ヶ月遅れという悲惨な状況だったのに対して、a-haのほうは内容のボリューム・ダウンも無く、なんといっても日本のレコード会社にやる気というか愛情が感じられ、また結果的に輸入盤から2週間遅れのリリースに留まったので、今回日本盤を購入することになった。真っ当な判断には違いないのだが、少々複雑な思いもある。

というのも、duran duranとa-haのどちらがより好きかといえばやはりduran duranのほうが好きで、それなのにa-haだけを日本盤で購入することになった、つまりより好きなduran duranのほうを輸入盤で購入せざるを得なかった口惜しさ不甲斐無さが拭えないからである

もう日本盤にこだわりがないにしても、好きなアーティストの長らく心待ちにしたリリース、デラックス・エディションで解説が充実したものになる期待もあれば日本盤で購入するつもりまだ十分にある。それが80年代からずっとフォローしてきたduran duranなら尚更だ。

そんな熱心なファン、レコード会社にとってはいい客いいカモに日本盤を購入させないというのだから、本当にどうかしているとしか思えない。そのやる気の無さは、購入を躊躇わせるとか生ぬるいものではなく、買わないように仕向けるどころでもなく、せっかく買うつもりになっていた熱心なファンにしてみれば、まるで買うなといわんばかりのケンカ腰にも受け取れる。


どちらも80年代の名盤で長らく待たれたデラックス・エディションである。何ならduran duranのほうがセールスも知名度も高いにもかかわらず、ここに生じた大きな隔たりの原因は何であるかと考えてみると、それはやはり「解散」の二文字に行き着く。よほどの旬でもない限り、「解散」とそれに付随する「再結成」または「引退」、そして「死亡」という話題でもなければ冷淡なのが音楽業界だ。特にCD売り上げも下降をたどる一方のこのご時勢にはその傾向に拍車がかかり、まさに血も涙もないような状況になりつつあるのかもしれない。



確かにa-haのデラックス・エディションもこうして実際に手にしてみると、輸入盤と違うのは解説と歌詞の対訳、そしてアナログ盤の帯を再現したくらいのもの、take on meの12インチ・バージョンをせめてダウンロード版のボーナス・トラックにしてくれてもよかったのにという不満もある。解散ビジネスのやり口に巧く乗せられてしまったような気もしないではない。それでもduran duranの日本盤に比べればかかなり丁寧な仕事には違いなく、血と涙なら稀にあるようにも思える。ただし、愛までとなると難しい。
posted by atons at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | a-ha | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月21日

普通でありがとう

レコード会社のスタッフブログにおいても事前に告知されていたとおり、今日21日からa-haのラスト・シングルbutterfly,butterfly(the last hurrah)の配信が始まっている。

最後だからといって余計な力も入らずさりげないのに、a-haにしか生み出せない美しさに溢れ、憂いのあるメロディが冴えわたっているところがかえって解散への寂しさせ切なさもったいなさをつのらせる...そんな名曲だ。

それにしても今回のa-haの一連のリリースに対するレコード会社の仕事ぶりがいちいち気持ちいい。

「CDリリースの無い曲の配信については一切関知していません。そんなこと知ったこっちゃないわよ」と言い放っておきながら、その曲の配信当日に「本日から配信開始!!」などと平気で宣伝するひどいレコード会社と比べては失礼だが、それだけに事前に告知するという素人からすれば全く当たり前のこともことさらに有難く思える。


hunting high & lowとscoudrel daysのデラックス・エディションも配信が始まっており、そこからダウンロード版のボーナストラックであるそれぞれ4曲ずつとbutterfly,butterfly(the last hurrah)を購入した。CD版を予約したHMVからは、例によって丸一日を要する丁寧な出荷準備の後ようやく発送され、届くのは早くても明日になるので、今日はそれらの曲を聴いて何とか飢えをしのいだ。

一度の延期も経ることなくリリースされたというのに、duran duranファンにとってはそれがほとんど奇跡だというのに、HMVの相変わらずの体たらくのせいで、せっかくのレコード会社の気持ちのいい仕事ぶりも報われないのがとても残念だ。今回くらい何かの間違いで普通に発送してくれればよかったのに...。


ただHMVについては、duran duranのデラックス・エディションのリリースが決まるたびにいち早く、「『デュラン・デュラン、デラックス盤化推進プロジェクト』関連ニュース」などと銘打って、こんな風に(http://www.hmv.co.jp/news/article/1007200001/)盛り上げてくれるから、あまり嫌味ばかり言うわけにもいかない。


しかし残念なことに、notoriousとbig thingのデラックス・エディションの発売予定日である9月27日が守られる可能性は非常に低く、duran duranのリリースに関しては、せっかく早々とこうして宣伝してくれたHMVの好意を今度はレコード会社のほうが度重なる延期によって裏切り、さらに迷惑をかけることになるわけで...、そんなことが繰り返されるたびに僕は、自らが決めた期日どおりに事を成すとか、てきぱきと仕事をこなすというごく普通のことの難しさ、それゆえに普通であり得た際の有難さを思い知らされる。

そして、まず予定通りに進んだためしがなかった、それなのに毎年やけに念入りだった夏休みの計画表も思い出した。
posted by atons at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | a-ha | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする