2010年09月30日

80年代の匂い

3月と8月にパイロット版が放送されたNHKの「洋楽倶楽部80's」が全8回のシリーズになり、今日の深夜0:26からその第1回が放送される。くだらない番組よりは断然有難いものの、2回のパイロット版で取り上げられたPVはことごとく80年代の大定番、わざわざ深夜にチャンネルを合わせてまで見るに値するようなものではなかったので、80's男子及び80's女子にとってはどうしても物足りない内容になってしまうに違いない。

生粋の80's男子である僕としても、ちょうど「洋楽倶楽部80's」の少し前に(10:55〜)放送される「祝女」のほうが楽しみだったりするので、そのついでにもしかしたら見るかもしれないという感じになると思う。


ただ、司会の高島政宏がとにかく相当な80's男子(そもそも初回のパイロット版で「80's男子」と言ったのも彼)であり、「洋楽倶楽部80's」のホームページのインタビューの中で(ご本人登場企画があるとしたら会ってみたいアーティストを聞かれ)、peter gabrielやm.c.hammerと並んでfalcoやABCの名前が登場するあたりには多少期待も持てる(ちなみに、falcoは1998年に自動車事故で亡くなっている。現在rock me amadeusがCMソングとして使われているが、天国ではfalcoが「なぜ今、しかも日本で、整髪料のCMに? 」と怪訝な顔でいるかもしれない)。

例えば、今日のテーマは「80年代にブレイク、今も現役!」ということで、これまたU2/madonna/bon jovi/sting/phil collinsといった大物アーティストに終始しそうなのだが、NHK総合ゆえにあまりマニアックに傾くわけにはいかないとしても、隙を見つけてその80's男子の底力をどんどん発揮してもらえるのであれば、チャンネルを合わせる機会も自ずと増えるだろう。



80年代ブームや特集となると、その度に決まってMTVに第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンにシンセサイザー、マイケルにマドンナにU2、「カーマは気まぐれ」に「ザ・リフレックス」から始まるので、なかなかその先に進まない。有名どころと80年代前半のムーヴメント、そして代表的なPVに触れうるうちにブームは去り特集も終わってしまうから、これまで何度も80年代回顧ブームがあったのに、80年代の洋楽といえば80年代前半というイメージがすっかり定着してしまっているのが現状だ。

実際「洋楽倶楽部80's」の過去2回のパイロット版で放送されたPVもほとんどが1985年以前の作品である。これでは、「洋楽倶楽部80's(前半)」とタイトルを変更しなければならない。この期に及んで80年代洋楽を取り上げ、あくまでも「洋楽倶楽部80's」を名乗るならば、80年代前半に偏ることなく80年代後半の作品にもっと光を当てるべきである。


また、ホームページ等でも今日の放送曲目が紹介されていないのだが、それこそ80年代洋楽を扱う番組にとってあってはならないことだ。

80年代当時、NHK-FMの「クロスオーバーイレブン」を筆頭に、良質な音楽番組はラジオもテレビも基本的には事前に放送曲目を発表していたものである。ましてNHKにおいて80年代洋楽を語るうえで、「クロスオーバーイレブン」の存在は決して無視して通れないはず。にも関わらず放送曲目をあらかじめ発表しないのは、80's男子・80's女子のよりどころであったいわば「クロスオーバーイレブン」の精神に背くようなもの。それは、音楽が主役だった80年代という時代そのものを見失っているのと同じである。80年代洋楽を語る資格無し、「洋楽倶楽部80's」の看板に偽りありと言われても仕方ないだろう。

逆に言えば、次回からでも事前に放送曲目を発表すれば、聴きたい曲がなくても、さらにホームページで放送曲目を確認しなくても、80's男子・80's女子はそこに80年代の匂いを嗅ぎ取り、木曜日の深夜にはついNHKにチャンネルを合わせずにいられなくなるはずである。
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2010年09月28日

ナウでnowなduran duran

duran duranのニュー・アルバムのタイトルは(変更の可能性もまだあるらしいが...)、“all you need is now”であることが明らかになった。

各所でタイトルもしくは仮タイトルとして伝えられていたking of nowhereのほうが個人的にはよかったし、liberty的なシンプルさというか健全さにはどうしても不安が過ぎるのだが、king of nowhereと同様にアルバム収録予定曲でもあるそのall you need is nowについては、ニュー・アルバムのプロデューサーであるmark ronsonは「最も好きなduran duranの曲」と自信を見せているので、きっとアルバムを牽引し象徴するような強力な曲でありタイトルであるに違いない。

また、シンプルかつ健全なタイトルとはいいながらも、シンプルであるがゆえにいかようにも解釈できる面白さもある。

つまりall you need is nowとは、(1)過去に留まらず常に新しいサウンドを求めるduran duranの音楽性のことであり、(2)例えばduran duranで検索してみればその傍らに「懐かしい」や「思い出」がほぼ必ずついてくる世間の認識に対する不満及び意地みたいなものでもあり、(3)80年代初期を彷彿とさせるサウンドと言われているニュー・アルバムについて逆説的にシニカルにとらえたのかもしれないし、(4)同時に80年代サウンドの本家本元としてのプライドといまだかつて同じようなアルバムを作ったことが無い現役感たっぷりの独創性が見事に結実した今作に対する自信の表れでもあるかもしれないのである。

また、日本語の感覚であえて“now”を「ナウでヤングな」の「ナウ」としてみると、まさに80年代前半の響きを有しているわけで、特に日本のファンにとっては、80年代初期を思わせるサウンドでもってあくまでもduran duranらしく現在を強調しようとする今回のアルバムをとらえる場合、all you need is nowほど真に迫ったタイトルもないということになるだろう。



これまで公開されてきたblame the machineやrunwayといった曲の断片では、むしろ80年代初期に回帰した点ばかりしか聴こえてこず、正直に言うと不安を感じていたところでもある。all you need is nowというタイトルからも、現段階ではまるで虚勢を張っているかのような印象を受けてしまう。

しかしながら、これまで長年彼等を追いかけてきたファンとしては、“now”こそduran duranを最もよく表現した単語であるという実感が強くある。数曲の断片はさておき、その“now”に立ち返ったうえで、この期に及んで掲げられた、青臭くまたはいかにも古参バンドの空元気とも受け取られかねないストレートなタイトルを眺めてみると、duran duranとしての改めての決意表明にも思われ、そこに並々ならぬ想いを感じずにもいられない。さらに、mark ronsonの「duran duranで最も好きな曲」というコメントも信じるに値すれば、例えばwedding albumにおけるordinary world級の、1曲でアルバムはおろかその後の展開さえ大きく変えうる存在感を、もしかしたらall you need is nowという曲は備えているのではないかとさえ思えてくるのである。


ただ、注意しなければならないのは、all you need is nowの“now”が必ずしも「過去」対しての「現在」ばかりを指しているとは限らないということ。当然それは「未来」に対しての「現在」でもあるのだから、「大事なのは現在、したがって未来のことはわからない、確約など意味が無い」、つまりall you need is nowには、長々と続くレコーディング及びリリース時の延期に関する彼等なりの言い訳(もしくは「今後も延期していくぞ」という決意表明)の意味も込められているのである。

今回のアルバム・タイトル発表に際しても、“The album is nearing completion and a title has been decided”とあるように、7月にもスタジオでの作業を終了すると言われていたアルバムが10月を目前にしてもまだ完成していないのであり、そこで「まだですか?」「いつですか?」と問えば、彼等は声をそろえて“all you need is now”と応えるはずだし、何しろこのタイトル自体、決定というわけではないのだから...。


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2010年09月27日

待てばリリースの日和あり

今日27日、duran duranのnotoriousとbig thingのデラックス・エディションが、直前の延期なく無事にリリースされた。

日本のHMVは9月30日と表示されているが、これはあくまでもHMVにおける発売日(実質的には入荷遅れ)であり、流通の制約を受けないiTunes storeでは、すでにlive at the beacon theatre/bbc in concert:live at manchester apollo/duran remix/the dub mix-epの4枚とあわせて、notoriousとbig thingのデラックス・エディションの取り扱いが開始されている。これまでのこともあるので、ついduran duran恒例の延期としてしまいがちであり、またそうしたほうが安心というかうれしいというか、中には興奮するという奇特なファンもいるかもしれないが、今回は(7月からの延期を経てはいるものの)予定通りにリリースされたということになる。


「デュラン・デュランの配信限定アイテムが4タイトル同日リリース」2010/09/27 CDJournal
http://www.cdjournal.com/main/news/duran-duran/34141

http://itunes.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewArtistSeeAll?ids=487384&dkId=2

デラックス・エディションについては、やはりworking for the skin tradeと94分18曲に及ぶbig thing期のイタリアでのライブ映像を収録したDVD付きCDを購入したほうがいいわけだが、ダウンロード版の2種類のライブ音源は(当時NHK-FMのオンエアではカットされた)election day/some like it hotも収録されているし、ドラマーが異なっている(steve ferroneとsterling campbell)ために、2年ほどしか時間差がないわりにはその差異を興味深く聴くことができると思う。


その一方で、現在のduran duranは、12月7日から12日の5日間4公演の南アフリカでのライブ日程を発表している。遠く離れた日本のファンにとっては、遅くとも12月上旬にはニュー・アルバムからの曲を聴くことができる(かもしれない)という意味においてうれしいニュースである。nickのスタジオ通信もぱったりと途絶え、ニュー・アルバムもぼんやり来年リリースという予定しか伝わってこない今となっては、2ヶ月先の南アフリカのライブ日程さえ有難い。


そして、notoriousとbig thingのデラックス・エディションが20年以上の時を経て実現したこのタイミングで、さらにもうひとつ同じ頭文字Dつながりでうれしい知らせがあった。

dead or aliveの10月4日(UKのHMVでは11月1日と表示)リリースの最新ベスト盤that's the way i like it:the best of dead or aliveに、you spin me round(like a record)のmurder mixが収録されるらしいのだ。しかもamazonでの価格が現時点では890円。murder mix1曲だけでも安いくらいである。

数年前に12インチシングル・コレクションが直前で中止になり、2006年版CDシングルではmurder mixと表示されていながらperformance mixだったりと、バンドの代表曲であり80年代を代表するダンス・レコードであり、さらにまた80年代を代表する強力なextended versionであるにも関わらず、今回のベスト盤収録までには信じがたいほどの紆余曲折があったわけで、notorious/big thingのデラックス・エディションに負けず劣らず、ついにやっとようやくという感じがする。


「待てば海路の日和あり」ではちょっと図々しいような気もして、ためしに英訳を調べてみたら“everything comes to him who waits”と程よく腰が引けた、より待つことを強調した表現だった。今日のうれしさはどちらかといえば英語のそれに近い。
posted by atons at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | duran duran | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

論よりロンソン

一昨日、boy georgeのボーカルをフィーチャーしたmark ronsonのsomebody to love meを聴いて、「mark ronsonプロデュースでboy georgeの歌をもっと聴いてみたい、でもそうなると『ロンソン再生工場』なんて言われるかな...」と例によって妄想めいたくだらないことを書いたのだが、すでに9月17日付でこんな記事があったのを見つけて驚いた。


「MARK RONSON、CULTURE CLUBの復活作に参加か?」2010/9/17 TOWER RECORDS
http://tower.jp/article/news/69955

「ニュー・アルバム『Record Collection』のリリースを今月末に控えているシンガー/ギタリスト/プロデューサーのマーク・ロンソンが、間もなくデビュー30周年を迎えるカルチャー・クラブのリユニオン・アルバムに参加するという。前述の新作にフィーチャーするなど、ここ最近カルチャー・クラブのフロントマンだったボーイ・ジョージと親交を深めている模様のロンソン。彼はUKの大衆紙〈Daily Star〉のインタヴューで以下のように語っている。

『ボーイ・ジョージは自分のバンドのショウにいくつか参加する予定だし、俺たちはカルチャー・クラブの新作でコラボレーションしようって話し合ってるところなんだ。なんてったって2012年は彼らの30周年に当たるしね』

昔からカルチャー・クラブの大ファンだったというロンソンは、『Record Collection』収録のコラボ曲“Somebody To Love Me”においても、彼らの代表曲“Do You Really Want To Hurt Me”を念頭に置いて制作したとのこと。来年発売予定のデュラン・デュランのニュー・アルバム『King Of Nowhere』にプロデューサーとして参加するなど、何かとヴェテランとの縁があるロンソン。カルチャー・クラブとのコラボ実現にも期待したいところだ。」



まだ話し合いの段階であるし、それ以前にculture clubの再々結成自体が噂の域を出ておらず、さらに実現してもライブのみの企画に留まるという話もあり、鵜呑みにするわけにはいかないものの、実現したら本当にうれしいことだ。

この記事を知らなかっただけとはいえ、ほとんど夢見るような感覚でしかなかったboy georgeとmark ronsonの更なる共演が、あっという間にしかもculture clubの新作において実現の可能性を帯びてきているというのだからちょっと興奮せずにはいられない。

こうなるとsomebody to love meのスタジオ・ライブでのboy georgeのあのやけに艶のある歌声も腑に落ちる。mark ronsonがファンだったというばかりでなく、boy georgeとしてもmark ronsonとのコラボレーションにかなりの手ごたえを感じているからこそあれだけ素晴らしいパフォーマンスになったのだろう。もちろん単純にmark ronsonが好みのタイプだったということも考えられる。...だとしたらまことに気の毒で、ファンとしても何から何までおんぶにだっこで申し訳ないが、そこは素晴らしい作品のためにmark ronsonに泣いてもらうしかない...。


kissing to be cleverのグルーヴとcolour by numbersの洗練されたポップさを融合させたsomebody to love meからも明らかなように、もともとレトロ・モダンでソウル・R&B志向の強いmark ronsonの音楽性は、culture clubのスタイルと馴染みやすいはずであり、むしろduran duranよりもculture clubとの顔合わせのほうが自然だったりもする。言ってみればculture clubこそまず最初に「ロンソン再生工場」の門を叩くべきバンドだったわけで、これはもう実現しないほうが不自然。したがって、culture clubの再々結成及びニュー・アルバム製作もほぼ決まったようなものなのである。

posted by atons at 17:28| Comment(2) | TrackBack(0) | culture club | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

「一曲一曲、手作業で心を込めて配信しています」

iTunes storeを久しぶりに覗いてみたら、予約受付が開始されたrobbie williamsのin and out of consciousnessと、morrisseyのbona drag/everyday is like sundayのページで、heart and iやplease help the cause against lonlinessやnovember the secondをチラッと聴くことができたのと、mark frithの新バンドthe captive heartsのデビュー・シングルhummingbirdが見つかったのはうれしかったものの、それ以外は相変わらず謎だらけである。iTunesを最新版にアップグレードしたら、その不可解さまでアップグレードしそうな勢いがある。


この間までrudeboxを中心にダブりまくっていたrobbie williamsは、75枚から55枚へと激減。ここしばらくはベスト盤くらいしか取り扱いがなかったthe smithsの、なぜか一度引っ込められていたオリジナルアルバムが復活している一方で、あれだけずらりと並んでいたscritti polittiのシングルがほとんど姿を消してしまっている...。

robbie williamsは日本ではあまり売れなかったので大量に在庫処分、the smithsは一時売り切れ状態だったものの再入荷、scritti polittiは在庫限りの希少なシングルが売切れてしまった...と考えてみればさもありなんという取り扱い枚数の増減ではあるのだが、そうなるとますますiTunes storeの存在が、洋楽の品揃えがいまひとつな田舎のCDショップくらいに思えてくるし、システム自体もかなりアナログで、ほとんどがパートのおばさんたちの手作業によって支えられていると考えたほうがしっくりくる。

例えば、robbie williamsがあれだけダブったのも、パートのおばさんの単純な発注ミスで、それが数ヶ月に一度の棚卸しにより大幅に処分されることになり、事業所近くの中古CDショップには「iTunes store落ち」と表示されたrobbie williamsのrudeboxが沢山並んでいる...という状況を想像してみると、「わけわからん」とか「使えない」という批判や不満が口を吐く以前に、「手作業なのだから仕方ない、そりゃミスもあるさ」とだいぶ同情的にもなれる。


ゆえに今後は新しさや利便性ではなく、手作業によるアナログ感をアピールして利用者の同情を誘うことで、その儘ならなさや不可解さをごまかすようにしたらいいと思う。ただし、その場合にネックになるのが新しさや利便性を感じさせるそのiTunes storeというキザな名前。iTunes storeなんて名前だから、何となくコンピューターが並び整然と楽曲が管理されているようなイメージを抱き、過度に期待してしまうのだ。「音楽配信のリンゴ屋さん」とかなんとか、ほっこりのんびりした素朴な名前なら、増えたり減ったり肝心なものが見つからないのもかえって愛嬌として定着すると思う。
posted by atons at 16:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

ロンソン再生工場

朝起きてすぐに頭の中でculture clubのmove awayが鳴り出した。ずっとshameとflamingoとhappinessと25の間を行ったりきたりしていたので余計に新鮮に感じて、今日は久しぶりにculture clubをたくさん聴いた。


その流れで、そろそろニュー・アルバムもリリースされるはずのboy georgeをYouTubeで検索してみたら、早く聴きたいと思っていたmark ronsonとのコラボ曲somebody to love meのスタジオ・ライブ映像があった。somebody to love meは9月28日リリースのmark ronson & business intl.のアルバムrecord collectionに収録される曲で、boy georgeとmiike snowのandrew wyattのボーカルがフィーチャーされている。


Mark Ronson & The Business INTL. feat Boy George Somebody To Love Me, on Later..250th
http://www.youtube.com/watch?v=OTd3jvnx_f4&feature=related


相変わらず容姿のほうは、遠くから見ると天童よしみ、後頭部はTKOの木下、かなり近づいてもまだ(動きを含め)パタリロみたいで...、何とかならないものかとため息も出るのだが、パフォーマンスそのものは最近見た中では特に素晴らしい。

「do you really want to hurt meに通じるブルー・アイド・ソウルの要素がある。これまでやった中で最も気に入っている曲のひとつ」とmark ronson自身がコメントしていたように、do you really want to hurt meを思わせるグルーヴとソウルフルで物悲しく、しかしキャッチーなメロディ・ラインが絶妙に絡み合う曲もとてもいい。

その楽曲の魅力も手伝って、boy georgeの歌声の端々に、かつてのあのゾクゾクするヴァイヴが聴いて取れる。やはり素晴らしいボーカリストにはそれに見合う楽曲が必要なのであり、そういう意味では、今回の1曲のみでの共演に留まらず、(amy winehouseはもうmark ronsonとコラボするつもりはないらしいし)mark ronsonプロデュースでboy georgeの歌をもっと聴いてみたいと思ってしまう。


duran duranに続きboy georgeもmark ronsonプロデュースなんてことになると、80年代アーティストのための「ロンソン再生工場」などと呼ばれそうだが、simonが参加したアルバム・タイトル曲record collecitonもそれこそduran duranの新曲であってほしいくらいにカッコいい曲だし、何よりもこのboy georgeの歌声を聴いてしまうと、mark ronsonならば再生を託してみる価値は大いにあると改めて思う。


posted by atons at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | culture club | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

たぶんあと6日

9月27日のリリースまで1週間を切ったduran duranのnotoriousとbig thingのデラックス・エディション。UKのamazonでもまだ9月27日のままなので、決して油断はできないものの、すでに一度7月からの延期を経ているし、今回は直前の延期が回避されそうな気配もある。物足りないような怖いような、でも待望のリイシューであるから正直に言えばやはりホッとしているところである。


そんな個人的な盛り上がりをよそに、HMVでロック&ポップスの予約ランキングを確認してみるとnotoriousが49位、big thingが58位。頻繁にトップページでも取り上げられ、DVD無しとはいえ曲がりなりにも日本盤がリリースされた1stとseven & the ragged tigerのデラックス・エディションの注目度とは比べてみるまでもないだろう。notoriousとbig thingについては今のところ日本盤のリリース予定は聞こえてこないし、rioのデラックス・エディション見送っておきながらnotorisouとbig thingをリリースするなんてことも考えにくく、今後の盛り上がりにもあまり期待できない。


そもそもオリジナル当時のセールスに大きな差があるわけだから、1stやseven & the ragged tiger以上に盛り上がるはずもないし、ファンをしてもそこまでは求めていない。それでも、この2作は80年代前半とその後をつなぐ、つまりduran duranの音楽について語るうえでは避けては通れない重要作であると断言できるし、それをこういう機会にできるだけ多くの人に聴いてもらうことで、80年代前半で固定してしまっているduran duranに対する世間一般のイメージを覆すきっかけとなってほしいという想いは捨て切れない。ゆえにもう少し盛り上がって欲しいし、盛り上げなければならないと思う。


また、notoriosとbig thingのデラックス・エディションにはデモ・テイクなども無く、純然たる未発表曲となるとbig thingの7"mixと12"mix、そしてi believe all/i need to know(full version)の3曲ほどに留まり、しかもオリジナルとは全く異なるハウス・ミックスが施されたbig thingにしか目新しさもない。あとはいわゆるアルバムのメガミックスであるnotoriousaurus rexの収録が有難いくらいのもの。しかしながら、それを補って余りあるほどに、working for the skin tradeの初DVD化、94分18曲に及ぶbig thing期のイタリアでのライブ映像、さらに同時に配信されるニューヨークのthe beacon theaterでのライブ音源(当時NHK-FMのオンエアではカットされたelection dayやsome like it hotも収録)等を含め、むしろduran duranのライブにおける魅力をよく伝える内容になっている。この点からも、ぜひとも多くの人に聴いてもらいたい。

notorious
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=3872885
http://www.amazon.co.jp/Notorious-W-Dvd-Bonus-CD/dp/B003XOAJ7E/ref=sr_1_5?ie=UTF8&s=music&qid=1285047081&sr=8-5

big thing
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=3872894
http://www.amazon.co.jp/Big-Thing-Dvd-Bonus-CD/dp/B003XOAJ6K/ref=sr_1_8?ie=UTF8&s=music&qid=1285047081&sr=8-8



それにしても、それぞれDVDを含む3枚組に、ダウンロード版のリミックスE.P.とライブ・アルバムが2枚ずつ...、合計10枚は改めてなかなかのボリュームである(なかなかにボリューミーである)。このレコード会社にしてはめったにない大盤振る舞いだが、例えばダウンロード版だけを1週間ほど先行してリリースするとか、そういう配慮及び盛り上げ方に欠けるところはいかにもという感じがする。といっても、CDについては例によってHMVから入荷遅れのメールが届くだろうから、実質的にはその分だけダウンロード版が先行することになるはずである。

それで「かえってちょうどよかった」と納得してしまうのも癪ではあるが。
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2010年09月17日

duran duranのせいで

HMVからOMDのhistory of modernのリリースについて、延期を報せるメールが届いた。オフィシャル・サイトを見てもそういった情報は見当たらないので何かの間違いか、もしくはHMV側の入荷の都合かとも思ったのだが、メールには「メーカーより発売日が 2010/10/05 へ変更との案内が参りました」とあるのでどうやら延期らしい。9月20日から21日の延期に続いてこれで2度目の延期ということになる。


今回のリリース・ラッシュに際しては、できるだけ発売日の近いものをまとめても数が多くまた3ヵ月に及ぶために、現時点でHMVに2件、amazonに1件の予約ということになってしまっている。

すでにflamingo/brandon flowers、happiness/hurts、25/a-haの3枚が第一弾として届いているのだが、その中のflamingo(9月8日から9月11日に延期)と、amazonに予約したrobbie williamsのシングルshame(10月4日から10月12日に延期)、そしてhistory of modernの2度とあわせて早くも延期が4件。数が多いだけにある程度覚悟はしていたものの、リリース・ラッシュが始まったばかりでの4件はさすがに多すぎるし先が思いやられる。


また、発売延期の可能性が最も高かったduran duranのnotoriousとbig thingのデラックス・エディションが今のところその報せがないというのも肩透かしというか調子が狂うところで、つまりこの4件の不可解な延期(robbie williamsのshameもOMDと同様にオフィシャルサイトでは延期の気配さえない)も、リイシューとはいえあの発売延期の権化というべきduran duranのアルバムが(当初7月の予定から大きく延期されてはいるものの)直前の延期無くリリースされてしまうという、前代未聞の異常事態の影響を少なからず受けているのではないかと思えてくる。

shameの延期について確認をお願いしたamazonからは調査に入ったまま1週間音沙汰なし。ほとんど忘れかけていたがin and out of consciousnessのultimate editionの取り扱いについて問い合わせたHMVからは1ヶ月近く経っても何の連絡も無い。地球上で最もお客様を大切にする会社にしては1週間は長めだろうし、普段から客を蔑ろにしがちな会社にしても1ヶ月は長すぎる。しかし、これもduran duranのアルバムが予定通りにリリースされるという異常事態が引き起こしていると考えれば納得できないこともない。



そんな中、duffyの2ndアルバムが11月29日にリリースされるとの発表があった。タイトルはendlessly、1stシングルwell,well,wellは11月21日リリース。この曲にはthe rootsというヒップ・ホップ・バンドによるリズム・セクションがフィーチャーされているらしく、クラシカルなスタイルで統一された前作からサウンド面での広がりも期待できそうな一方で、伝えられていたように共同プロデュース及び楽曲の共作に名前を連ねるのが大御所albert hammondというのだから、さらにまた興味深い内容になりそうである。アルバムには、そのほかにmy boy/endlessly/don't forsake me/lovestruck/breath awayといった曲が収録される。


待ちに待ったうれしいリリースではあるのだが、同日にはrobbie williams復帰take thatのニュー・アルバムも予定されていて、さらに発売延期に悩まされる機会が増えることも意味しているのだから、このタイミングでは何だか素直に喜べなかったりもする。やはりduran duranにはきちんと発売延期してもらわないと困る。
posted by atons at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

80年代を超えて

最新のUKチャートで初登場4位となったhurtsのhappiness。今年リリースされた新人アーティストのデビュー・アルバムとしては最速のセールスを記録しているらしい。

それも大いに頷ける本当に素晴らしい、捨て曲無しのアルバムで、聴くほどにいい曲を最適なアレンジで聴かせるシンプルかつ強力なスタイルが浮かび上がってきて、hurtsといえば必ず持ち出される80年代にまつわるキーワードや、80年代後半リヴァイヴァルという個人的な思い入れも失礼で的外れなように思えてくる。

シンセ主体のサウンドばかりでなくPVやアルバムのアートワークにおいても、意図的に80年代テイストを打ち出しているのだから、そういったとらえ方も避けがたい面はあるし彼等にとっても望むところなのかもしれないが、初登場4位に新人最速セールスというアルバムに対する好リアクションのわりに、先行シングルが振るわなかったことを考えてみると、かえってそのやりすぎなイメージ戦略が災いしていたのではないかと思えてくる。

僕もbetter than loveとwonderful lifeの時点では、露骨な80年代シンセポップ路線とPVが鼻につくというか胃にもたれる感じがして、楽曲の素晴らしさを素直に受け入れることが出来ず、blood, tears and goldを聴いてやっとビジュアルはともかく、曲の良さにねじ伏せられる形でアルバム購入する決心がついたくらいである。


hurtsのような新人が出てくるから、あくまでも現役の音楽好きでいなければならないとも思う。「今の若いモンは...」的に新しいものはよく分からないと決めてかかり過去に閉じこもったり、音楽をゴシップのついでにしてしまうような聞き方で、こんな素晴らしいアルバムを知らずにいるのはあまりにもったいない。

また、80年代におけるポップスの成熟を踏まえたうえで、なおかつ80年代リヴァイヴァルの枠に収まらないヴィヴィッドな楽曲と明確なコンセプトは、聴き手に留まらず、80年代から活動を続ける例えばduran duranのようなバンドにも大きな刺激を与えうるのではないかと思う。是非ともhurtsのhappinessを聴いて大いに危機感を抱き、そして更なる奮起を期待したいところである。



そのduran duranはまたしても、mark ronsonのステージ(9月28日バーミンガム、9月29日ロンドン)に2日続けて客演するそうで、さすがに新曲を披露してもいいのではないかと思うのだが...、しかし7月にも作業が終わると言われていたアルバムのレコーディングについて、あてにならないとはいえnickのスタジオ便りも8月末にいまだ継続中を報せた後音沙汰なしなので期待はしないほうがいいだろう。まだまだ焦らしが足りないといえば足りないには違いないし。


同様に、9月27日リリースのnotoriousとbig thingのデラックス・エディションについても、北米地域(10月12日に延期)を除いては、今のところ発売延期の報せはないものの、あと11日も決して安全圏内ではないからドキドキする。それはもちろん延期を不安に感じているわけではなく、むしろお約束とはいえ期待通りに焦らされることになる北米のファンがうらやましくもあり、その延期を報せるニュースの“We will update you if there are any further changes.”という最後の一文にはさらに興奮を煽られる。ただ、もしこのまま延期無しで9月27日にリリースされたとしても、それはそれでいわゆるツンデレ式に時折見せる優しさのようなもので、十分にうれしかったりする。

posted by atons at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月15日

happiness/hurts

デビューに際してはやりすぎなくらいなほうがアピールするのだとしても、シングル曲におけるほぼdepeche modeな80年代シンセ・ポップ・サウンド(wonderful lifeではtears for fearsのmad world風パーカッションも聞こえる)やPVの耽美的でスノッブなイメージがかえって足枷になりはしまいかと思えるほどに、この1stアルバムhappinessにおいては、ひとつのカラーではおよそ捉えることができない、幅広く奥深い音楽性がこれでもかと披露されている。

しかも、キャッチーでポップで美しいメロディは大前提、そのうえでドラマチックな曲の構成やアレンジを含めたポップスとしての完成度もおそろしく高い。それがアルバム全編を通して維持されているのだから、何も髪をピッチリ分けてスーツを着こなしモノクロで統一する必要はないように思えてしまう。つまり、新人らしいイメージ戦略さえ違和感を抱かずにいられないくらいに新人離れしているのである。


いわば第一印象どおりの(といっても実際にはチャントやギターが巧みに配されていて決して一筋縄ではいかないのだが...)silver liningとwonderful lifeの物憂げなトーンは、続くblood, tears & goldとsundayで早々に開放的でエモーショナルな広がりを見せ、stay/evelyn/unspokenあたりを中心に後半はむしろクラシカルなスタイルと映画音楽級の壮大なスケール感が支配的になり、エレガントなピアノとオーケストラをバックに朗々と歌い上げられるthe water(とその後に続く隠しトラックverona)までアルバムを通して聴くと、確か入り口は猥雑で退廃的なクラブだったのに、気がついたら歴史ある荘厳な雰囲気の劇場だったというような感覚におそわれる。


またエレクトリック主体のサウンドであっても重厚かつソリッドな感触や、随所で効果的に用いられるギターやサックスやストリングスは、80年代リヴァイヴァルとしてもてはやされているチープなシンセ・サウンドや素っ気ない打ち込みのリズムトラックとは全く別物。あくまでも楽曲重視であり、それを最適かつ最高のサウンドで聴かせるという点からして大きく異なっている。


巷の80年代サウンドに対する認識は、今なお初期のニュー・ウェイヴやニュー・ロマンティクス、そしてまだ足元のおぼつかなかったエレポップあたりに限定されてしまっているわけだが、80年代に純粋に当時のポップ・ミュージックを楽しんだ世代にとっては、それは80年代のごく一部でしかなく、むしろそれら初期のムーヴメントを経て80年代後半に至りポップスが成熟していく過程にこそ80年代らしいポップさや煌びやかさがあったという実感がある。

そしてその立場からすれば、チープなシンセと打ち込みありきの安易なサウンドではなく、hurtsのような楽曲至上主義及び洗練と成熟を感じさせるサウンドのほうが断然80年代リヴァイヴァルであり、さらに新人なのにすっかり出来上がっている辺りには、特に80年代後半リヴァイヴァルという感じもするのである。
posted by atons at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする